18.1.7.

エル・エルヨーン : いと高き神

創世14:18-20

賛美や祈りや証しの時、手紙を書く際に「主の御名をあがめます」と言うことがあります。
「主の御名」とは、何でしょうか。

1.神の御名

「名前」は、そのものの性格や本質を示すものとなっています。
神の御名についても、同じことが言えます。
神の御名は、神がどういう方であるのかを啓示するものなのです。
聖書で、「神」というヘブル語は、「エローヒーム」(Elohim )で、2500回以上登場します。
「エローヒーム」は、「エル」( El「力ある者」)の複数形です。
しかし、それは、神が複数存在するという意味ではありません。
神が神であるための全ての属性(全知全能性、偏在性、永遠性等)を完全に備え、
威光、尊厳、栄光に満ちた方であることを示すものなのです。
また、三位一体なる神を暗示するものだからです。
ですから、「エローヒーム」は複数形でも、
この言葉を主語として受ける動詞は、単数形となっています。
例えば、創世1:1の「神」は「エローヒーム」で複数形ですが、
「創造した」の「パーラー」は単数形の動詞となっています。
この「エル」という言葉は、色々な言葉と組み合わされて用いられています。
・「エル・エルヨーン」=「いと高き神」(創世14:18-20)
・「エル・ロイ」=「ご覧になる神」(創世16:13)
・「エル・シャダイ」=「全能の神」(創世17:1)
・「エル・オーラム」=「永遠の神」(創世21:33) など
これらは、神がどのような方かを示す名前となっています。

2.アブラムに示された御名

アブラムの甥のロト一家は、アブラムと別れてソドムの町に住んでいました。
すると、その地で、カナンの王たちと東方の王たちとの戦争が起こりました。
東方の王たちの連合軍は、カナンの王たちの連合軍を打ち破り、
カナンの人々を捕虜として、彼らの財産を戦利品として奪い取ってしまいました。
ロト一家もその戦争に巻き込まれ、財産と共に連れ去られてしまいました。
アブラムは、その知らせを聞いて、318人のしもべたちと共に追跡していきました。
そして、東方の王たちの連合軍を打ち破って、ロト一家と財産を取り戻しました。
アブラムが戦いに勝利してカナンの地に帰って来ると、
「シャレムの王メルキゼデク」が「パンとぶどう酒」を持って、アブラムを迎えました。
「メルキゼデク」は、「いと高き神の祭司」でした。
「メルキゼデク」については、へブル7:1-3でも説明されています。
「メルキゼデク」は「その名を訳すと義の王で」、「サレムの王、すなわち平和の王」でした。
そして、「父もなく、母もなく、系図もなく、その生涯の初めもなく、いのちの終わりもなく、
神の子に似た者とされ、いつまでも祭司としてとどまっているのです」。
この「メルキゼデク」は、イエス・キリストのひな型であると言われています。
アブハムは、神によって召し出されましたが、「メルキゼデク」によって、
その神が、「天と地を造られた」創造者であり、
「いと高き神」(エル・エルヨーン)であることを知らされたのです。

3.「いと高き神」とは

では、「いと高き神」(エル・エルヨーン)とは、どのような神なのでしょうか。
① 卓越者なる神
「いと高き神」とは、全てのものにまさる最も高いところにおられる神ということです。
この「いと高き神」という呼び名は、他の異教の神々、偶像の神々に対する表現でした。
当時、それぞれの民族がそれぞれの神々を礼拝していました。
しかし、それらは人の造った神々であり、本当の神ではなく、何の力もありませんでした。
しかし、私たちの神は、「天と地を造られた」創造者であり、
他の神々をはるかにまさった偉大な神なのです。詩篇97:9
アブラムに勝利をもたらしたのは、「いと高き神」でした。
そして、「メルキゼデク」は、この「いと高き神」をたたえて言いました。
「あなたの手に、あなたの敵を渡されたいと高き神に、誉れあれ。」
私たちの人生にも様々な戦いがありますが、「いと高き神」が勝利を与えて下さいます。
私たちも、この全てのものにまさった「いと高き神」をたたえましょう。

② 主権者なる神
また、「いと高き神」とは、神が他の何者によっても支配されることのない方、
絶対的な権威を持つ方、全ての主権を持つ方であることを示しています。
世界で起こっている出来事の一つ一つは、全て「いと高き神」の許しの中で起こっています。
「いと高き神」は、全てを支配し、人間の歴史や社会のシステムの背後で働き、
一つ一つの出来事を用い、ご自身の御心(目的)を成し遂げられるのです。イザヤ46:9,10
また、「いと高き神」は、私たちの人生にも主権を持っておられます。
人生には、様々な苦しみや悲しみなど、私たちの理解を越えたことが起こります。
しかし「いと高き神」が全ての主権を持っておられ、私たちの人生を導いておられるのです。
この「いと高き神」は、愛なるお方であり、良いお方です。
私たちは、そのような「いと高き神」に愛され、御手の中に生かされているのです。
たとえ、その時には、私たちの目には、理解出来ない、納得出来ないことであっても、
神が全てを支配し、最終的に益となるように変えて下さるのです。伝道3:11ローマ8:28
ですから、この「いと高き神」に信頼し、全てを委ねることが大切です。箴言3:5-6

私たちの神は、「いと高き神」です。全てにまさって偉大な方です。
この「いと高き神」を心からほめたたえましょう。
また、全てを支配し、全ての出来事の背後に働いて、私たちを導いて下さいます。
この「いと高き神」に心から信頼しましょう。

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