18.9.16.

南ユダ王国には、約350年の間に、20人の王たちがいました。その中には、不完全ながらも何人かの良い王たちがいました。今日は、アマツヤについて学びます。アマツヤはどのような王だったのでしょう。

1.主の目にかなうことを行ったアマツヤ

アマツヤは、25歳で王となり、29年間、王として南ユダ王国を治めました(1)。まず、アマツヤは、「主の目にかなうことを行った」(2)、とあります。これは、良い王たちに見られる特徴です。「主の目にかなうこと」とは、偶像を取り除き、主だけを求め、主だけを礼拝し、主だけに従うことです。このため、南ユダ王国は、繁栄し、「強く」(3)なっていきました。
アマツヤが主の言葉に従った一つの例が記されています。それは、自分の父ヨアシュを暗殺した「家来たち」(3)を処刑したけれども、「彼らの子どもたちは殺さなかった」(4)ということです。なぜなら、律法に「子どもが父親のために殺されてはならない。人が殺されるのは、自分の罪のためでなければならないからである」(4)とあるからです。アマツヤは、復讐心や自分のプライドに従わず、主の御言葉に従ったのです。
また、ある時、アマツヤは、30万人の軍隊を招集して、「セイルの者たち」(11)すなわちエドム人たちと戦おうとしました。その際に、アマツヤは、北イスラエル王国からも10万人の兵士たちを雇いました(6)。しかし、それは、主に喜ばれないことでした。なぜなら、北イスラエル王国は、主を捨てて、偶像礼拝する悪い国だったからです。そこで、「神の人」(7)すなわち預言者が来て、アマツヤに言いました。「王よ。イスラエルの軍勢をあなたとともに行かせてはなりません。主は、イスラエル、すなわち、すべてのエフライム族とは、共におられないからです。」(7)
それに対して、アマツヤは、北イスラエル王国から雇った兵士たちに、既に「百万タラント」を支払っているが、それは「どうしたらよいのか」と尋ねました(9)。アマツヤは、金が惜しくなったのでしょう。すると、預言者は答えました。「主はそれよりも多くのものをあなたに与えることがおできになります」(9) そこで、アマツヤは、預言者の言葉に従い、北イスラエル王国の兵士たちを帰らせました。結局、多額の金を無駄にしてしまうことになり、あまり気が進まなかったことかもしれません。また、王が決めたことを変えるということは、王としてのプライドが傷つくことだったでしょう。しかし、アマツヤは、預言者を通して語られた主の言葉に従ったのです。その結果、南ユダ王国は、戦いに勝利することが出来たのです(15)。
このように、アマツヤは、「主の目にかなうこと」を行いました。

2.主に背いたアマツヤ

しかし、アマツヤは「主の目にかなうことを行ったが、全き心をもって」(2)ではありませんでした。「全き心をもってではなかった」とは、「100%心からではなかった」ということです。アマツヤは、一応、主を求め、主を礼拝し、主に従っていましたが、それは、心からのものではなく、形式的なもの、表面的なものでしかありませんでした。
アマツヤの信仰が中途半端なものであることは、エドムとの戦いにおいて、北イスラエル王国の兵士を雇ったことにも表れていました。アマツヤが南ユダ王国の兵士だけで戦わず、他国の兵士を頼ったということは、主に信頼していなかったことの表れであったのです。
アマツヤの中途半端な信仰は、戦いに勝利した後にも現れました。アマツヤは、「セイルの者たちの神々を持ち帰り、これを自分の神々として立て、その前に伏し拝み、これに香をたいた」(14)のです。北イスラエル王国の兵士たちが自分たちの国に帰る途中、南ユダ王国の町々を襲い、「三千人を打って、多くの物をかすめ奪った」(13)とあります。そのため、アマツヤは、主が約束していたことと違う現実を見て、信仰が躓いてしまったのかもしれません。それは、アマツヤが主に対して100%の愛と信仰と信頼を持っていなかったからでしょう。アマツヤの行ったことは、主に対する完全な裏切り行為であり、罪でした。「主はアマツヤに向かって怒りを燃やし、彼のもとに預言者を遣わし」、言われました(15)。「なぜ、あなたは、あなたの手からその民を救い出すこともできないような神々を求めたのか。」 しかし、アマツヤは、預言者の言葉を聞き入れませんでした。
その後、アマツヤは、北イスラエル王国に対して、戦いを挑みました。アマツヤは、エドムと戦って勝利したので、高慢になってしまっていたのです。エドムへの勝利は、主によって与えられたものであるにも関わらず、アマツヤは、自分の力で勝利したと思い込み、自分の力を誇るようになったのです。北イスラエル王国の王ヨアシュも、それを見抜いていました(19)。ヨアシュは、止めるようにと警告しましたが、アマツヤは聞き入れませんでした。その結果、南ユダ王国は「打ち負かされ」(22)てしまいました。ヨアシュは、アマツヤを捕え、エルサレムの城壁を打ち壊してしまいました(23)。さらに、神殿にあった金銀、器具、王宮の財宝を奪い、人質を取って行きました(24)。その後、アマツヤは、「ラキシュに逃げた」のですが、そこで殺害されてしまいました(27)。それは「アマツヤが主から離れた」(27)からです。

アマツヤの名前の意味は、「主は力」あるいは「主は力づける」です。アマツヤが、主に従い、主と共にいる間は、主はアマツヤを力づけました。しかし、アマツヤが主を捨て、主から離れてしまうと、主の力を失ってしまいました。アマツヤが、主に信頼した時に、主はアマツヤに力と勝利を与えました。しかし、アマツヤが、自分の力に信頼した時に、力を失い、敗北してしまいました。預言者が言ったように、「神には、助ける力があり、つまずかせる力もある」(8)のです。
私たちが心から主を愛し慕い求め、主を礼拝し、主に信頼し従うなら、主は、私たちに力を与え、人生の様々な戦いにおいても、勝利を与えて下さいます。しかし、私たちが自分の力やこの世のものを愛し、慕い求め、それらのものに信頼し、従うなら、力を失い、敗北してしまうのです。常に主を愛し慕い求め、礼拝し、主に信頼し、従いましょう。詩篇20:7-8Ⅱ歴代16:9

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