18.8.5.

ソロモン王の死後、イスラエルは、北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂しました。そして、北イスラエル王国の王たちも南ユダ王国の王たちも、真の神から離れ、国を偶像礼拝へと導いてしまいました。しかし、南ユダ王国の王の中には、偶像を捨て、主だけを礼拝する良い王たちがいました。その一人が、主の目にかなうことを行ったアサ王です。

1.偶像を排除し主を求めたアサ王

南ユダ王国の最初の王は、ソロモンの息子であるレハブアムでした。レハブアムは「王位が確立し…強くなる」と、「主の律法を捨て」てしまいました(12:1)。そのため、「エジプトの王シシャクがエルサレムに攻め上って」(12:2)来ました。預言者シェマヤは、レハブアムに「あなたがたがわたしを捨て去ったので、わたしもあなたがたを捨ててシシャクの手に渡した」(12:5) と言って責めました。これを聞いたレハブアムは「へりくだり」(12:6)、自分たちの非を認めました。そこで、主は、南ユダ王国を滅びから救い出されました(12:7,12)。それでも、レハブアムは、「心を定めて常に主を求めること」(12:14)はありませんでした。
レハブアムの次に南ユダ王国の王になったのは、レハブアムの息子であるアビヤでした。アビヤの時代、北イスラエル王国が南ユダ王国を攻撃し、侵略して来ました。その時、アピヤたちは「主に叫び求め、祭司たちはラッパを吹き鳴らし」(13:14)ました。すると、主は、北イスラエル王国の軍勢を打ち破り、南ユダ王国を救われました(13:15,18)。しかし、Ⅰ列王15:3には、「彼は父がかつて犯したすべての罪を行い、彼の心は父ダビデの心のようには、彼の神、主と全く一つにはなっていなかった」とあります。アピヤは、父レハブアムと同様に、神から心が離れ、偶像礼拝を行っていたのです。
アビヤの次に南ユダ王国の王になったのが、アビヤの息子であるアサでした。聖書は、「アサは、彼の神、主がよいと見られること、御目にかなうことを行い、異教の祭壇と高き所を取り除き、柱を砕き、アシェラ像を打ち壊した」(14:2-3)と言っています。また、「ユダに命じて、彼らの父祖の神、主を求めさせ、その律法を行わせ」(14:4)ました。その結果、南ユダ王国には、平安が与えられるようになりました(14:5)。このように、アサは、レハブアムやアビヤとは違って、主の目にかなうことを行うとても良い王でした。

2.主に信頼し従ったアサ王

ある時、クシュ(エチオピア)の大軍勢が多くの戦車を率いて南ユダ王国に攻めて来ました。その時、「アサはその神、主に叫び求め」(14:11)、祈りました。アサは、軍事力に信頼したのではなく、神に信頼したのです。すると、主は、アサの祈りに答え、クシュの軍勢を打ち破り、敗退させました(14:12)。エルサレムに勝利の凱旋をしたアサに預言者アザルヤが言いました。「あなたがたが主とともにいる間は、主はあなたがたとともにおられます。もし、あなたがたがこの方を求めるなら、あなたがたにご自身を示してくださいます。もし、あなたがたがこの方を捨てるなら、この方はあなたがたを捨ててしまわれます。」(15:2)
この後、アサは、徹底的な宗教改革を行いました。アサは、「ユダとベニヤミンの全地から、また、彼がエフライムの山地で攻め取った町々から、忌むべき物を除いた。そして、主の玄関の前にあった主の祭壇を新しく」(15:8)しました。アサには、ダビデと同じ心、すなわち「主を慕い求める心」があったのです。Ⅰ列王15:11。主は、アサと共におられ、南ユダ王国に平和と繁栄をもたらされました。北イスラエル王国の人々も、「主が彼とともにおられるのを見て」(15:9)、続々と南ユダ王国のアサの元にやって来ました。さらに、南ユダ王国の人々は、「心を尽くし、精神をつくしてその父祖の神、主を求め」(15:12)、主を求めない者は処刑されるという契約を喜んで立てたのです(15:13-15)、さらに、アサは、自分の母親であるマアカを「王母の位から…退け」(15:16)ました。なぜらな、マアカが「アシェラのために憎むべき偶像を造った」(15:16)からです。こうして、南ユダ王国には、「アサの治世の第三十五年まで」(15:19)、平和を保ちました。

3.アサ王の不信仰な行為

「アサの心は一生涯、完全」(15:17)でしたが、その晩年、不信仰に陥ってしまいました。ある時、北イスラエル王国の王バシャが南ユダ王国との境に「ラマを築いた」(16:1)のです。北イスラエル王国から、人々が南ユダ王国へと流れて行くことを阻止しようとしたのです。アサは、ラマの建設を阻止するために、人間的な方法をとりました。「アサは主の宮と王宮との宝物倉から銀と金を取り出し、ダマスコに住むアラムの王ベン・ハダデのもとに送り届け」(16:2)、北イスラエル王国が南ユダ王国から離れるように仕向けてほしいと頼んだのです(16:3)。そこで、ベン・ハダデは、「アサ王の願いを聞き入れ」、北王国の北の町々を襲いました(16:4)。その結果、北イスラエル王国は、ラマを築くことをやめ、退いていきました。こうして、南ユダ王国は、北イスラエル王国からの攻撃から逃れられました。
しかし、アサは、神に頼るのでなく、アラムの王に頼ってしまったのです。そこで、予見者ハナニがアサの元に来て言いました。「あなたはアラムの王に拠り頼み、あなたの神、主に頼みませんでした。」(16:7) ハナニは、アサがしたことを「愚かなこと」(16:9)と言って責めました。アサは、不信の罪を指摘されましたが、へりくだって悔い改めることをしませんでした。逆に、「アサはこの予見者に対して怒りを発し、彼に足かせをかけ」(16:10)てしまったのです。そのためか、アサは、死ぬ2年前、両足が重い病気になってしまいました。しかし「その病の中でさえ、彼は主を求めることをしないで、逆に医者を求めた」(16:12)のです。当時の「医者」は、呪術を使って病人を癒していました。すなわち、アサは、主を求めず、呪術者を求めたということです。こうして、アサは、「治世の第四十一年」(16:13)に亡くなりました。

アサは、晩年、神に頼らず、人に頼ってしまいましたが、その生涯のほとんどは、主を求め、主を礼拝し、主に従い、主を頼る者でした。その時には、南ユダ王国に平和と繁栄がありました。私たちも主だけを求め、主だけを礼拝し、主だけに信頼し、従う者となりましょう。

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