17.11.19.

救いのかぶとをかぶる

エペソ6:17

神が私たちに用意しておられる霊的な武具の第5は、「救いのかぶと」(6:17)です。
「救いのかぶと」をかぶるとはどういうことでしょう。

1敵は救いについて疑いと不安をもたらす

頭は、体の中で最も大切な部分であり、頭を攻撃されたら、死んでしまいます。
ですから、兵士たちは、自分の頭を守るために、「かぶと」を被りました。
私たちも「かぶと」をかぶらなければなりません。
私たちにとって、「かぶとを被る」とは、私たちの「思いや考えを守る」ということです。
悪魔の攻撃は、多くの場合、私たちの思いや考えに対するものです。
悪魔は、私たちに否定的な思いをもたらします。
私たちは、イエス・キリストを信じて、救われているはずなのに、
悪魔が私たちの欠点をあれこれと見つけて、悪く言い、
私たちの救いを疑わせ、確信を無くさせ、神との関係を不安にさせるのです。
そして、自分が救われていないのではないかと不安に思うと、
行いを頑張って、救いを確かなものにしようとします。
悪魔は、私たちに、信じるだけではダメで、もっと良い行いに励み、
良い人だと認められるようにならないと、天国には行けないと嘘をつくのです。
しかし、どんなに頑張っても、人間の努力では、神の基準には到達できないのです。
また、救いの確信がないまま、頑張れば頑張るほど、疲れてしまいます。
結局、律法的な喜びのない信仰生活を送るようになってしまうのです。
ですから、私たちは、自分の思いを「救いのかぶと」で守らなくてはなりません。

2.救いのかぶとをかぶる

「救いのかぶと」をかぶるとは、どのようなことでしょう。

① 救われていることを確信する
イエス・キリストを信じた私たちは、今、救われています。
私たちの罪を身代わりに負って、十字架で死んで下さったイエス・キリストを信じた時、
私たちの罪は赦され、きよめられ、新しく生まれ変わり、
神の子どもとされ、永遠のいのちと天国の希望が与えられたのです。
私たちが救いを確信することが出来るのは、御言葉がそう言っているからです。
たとえ誰が何と言おうとも、私たちの神の子としての身分は変わりません。
また、自分が救われているように感じられなくても、感情に従ってはいけません。
私たちの救いを保証するものは、神の御言葉です。
御言葉に立って、自分が救われていることを確信しましょう。ローマ8:1,33-34。

② 救われていることを感謝し喜ぶ
私たちが今、救われているということは、当たり前のことではありません。
私たちが罪と滅びから救われるために、イエス・キリストの血が十字架で流されました。
何の価値もないような私たちのために、キリストの命が代価としてささげられたのです。
この驚くべき恵みを忘れてはなりません。
人間は、どんなに素晴らしい経験をしても、それさえも忘れ易いものです。
ですから、自分から思い出し、覚えておく努力が必要なのです。詩篇103:2-5
神の驚くべき大きな救いの恵みを思い出し、感謝し、喜びましょう。
イエスは、伝道から帰って来た弟子たちに
「あなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい」(ルカ10:20)と言われました。
どのような状況の中でも、神が救って下さったという事実(恵み)は変わりません。
私たちが「救いの喜び」(詩篇51:12)で満たされていることが勝利の信仰生活の秘訣です。

③ 救いの完成の希望を抱く
イエス・キリストを信じている私たちは、今、完全に救われています。
しかし、私たちの救いが完成するのは、未来においてであり、キリストの再臨の時です。
Ⅰペテロ1:5。あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、
終わりのときに現されるように用意されている救いをいただくのです。
再臨の時、完全な者(キリストに似た者)に変えられます。Ⅰコリント15:52ピリピ3:20-21
もはや罪を犯すこともなくなり、病むことも老いることもない完全な体をいただきます。
そして、主と共にいつまでも生きることが出来るのです。Ⅰテサロニケ4:16-17
これは、私たちにとって大きな希望です。
希望があれば、私たちはどんな境遇の中でも生きていけますが、
希望が無いと、どんなに人間的に恵まれていても、生きていけないのです。
特に、救いの希望は、私たちにとって、生きる力であると言えます。
救いの希望のゆえに、どんな困難や迫害の中でも、信仰をもって歩むことが出来るのです。
多くの聖徒たちが、この望みをもって、信仰を守り通し、殉教していきました。ローマ8:18
聖書は、「救いの望みをかぶととしてかぶって」(Ⅰテサロニケ5:8)と言っています。

「救いのかぶと」をかぶるとは、「救われていることを確信すること」、
「救われていることを感謝し喜ぶこと」、「救いの完成の希望を抱くこと」です。
どのような困難や問題や迫害があっても、
私たちに与えられている救いを確信し、感謝し喜び、希望をもっていきましょう。
そうするなら、私たちは躓くことなく、堅く信仰に立つことが出来るのです。
「救いのかぶと」をしっかりとかぶり、勝利の信仰生活を歩んでいきましょう。

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