18.12.2.

ヒゼキヤの次に南ユダ王国の王となったのは、ヒゼキヤの息子マナセでした。しかし、マナセは、「主の目の前に悪を行った」のです(Ⅱ歴33:1-2)。マナセが死んだ後、マナセの息子アモンが南ユダ王国の王となりました(21)。アモンも、「主の目に悪を」(22)を行い、偶像礼拝をし続けました。アモンの後に南ユダ王国の王となったのは、アモンの息子ヨシヤでした(34:1)。ヨシヤは、良い王で、「主の目にかなうことを行って、先祖ダビデの道に歩み、右にも左にも」(2)それませんでした。ヨシヤは、どのようなことをしたのでしょう。 続きを読む

18.11.18.

主は、私たちが「実を結ぶ者」となることを望んでおられます。では、私たちが結ぶべき実とはどのようなものでしょう。また、どのようにしたら実を結ぶ者となることが出来るのでしょう。 続きを読む

18.11.11.

ヒゼキヤは、衰退してしまった南ユダ王国を立て直すために、神殿礼拝、過越しの祭り、十分の一のささげものを回復させました。それによって、人々の心を主に向けさせ、彼らが主を求め、礼拝するように導いたのです。しかし「これらの誠実なことが示されて後、アッシリヤの王セナケリブが」(32:1)攻めて来ました。私たちが主を求め、主に従って歩んでいても、様々な問題や困難が襲うこともあります。しかし、大切なことは、それに対して、どのように対処するかということです。ヒゼキヤは、どのように対処したのでしょうか。 続きを読む

18.11.4.

ヒゼキヤは、先祖ダビデのように「主の目にかなうこと」(29:2)を行いました。しかし、ヒゼキヤの父アハズは、積極的に偶像礼拝を行った悪い王でした。アハズは、「神の宮の器具」(28:24)を処分し、「主の宮の戸を閉じ」(24)てしまいました。また、町々に異教の神々の祭壇を築き(24-25)、「主の怒り」(25)を引き起こしたのです。そのため、南ユダ王国は、主の祝福を失い、衰退してしまいました。そこで、アハズの次に王となったヒゼキヤは、衰退してしまった南ユダ王国を立て直そうとしました。 続きを読む

18.10.21.

ヨタムの次に良い王となったのは、ヨタムの孫に当たるヒゼキヤです。ヒゼキヤは、どのような王だったのでしょうか。 続きを読む

18.10.14

ヨタムは、「二十五歳で王となり」、「十六年間」王として南ユダ王国を治めました(1)。ヨタムは、良い王とされていますが、どのような王だったのでしょうか。 続きを読む

18.10.7.

ウジヤは、南ユダ王国の第10代目の王です。Ⅱ列王15章では、ウジヤは、「アザルヤ」と呼ばれています。「ウジヤは十六歳で王となり」、南ユダ王国を「五十二年間」治めました(3)。ウジヤは、どのような王だったのでしょうか。 続きを読む

18.9.16.

南ユダ王国には、約350年の間に、20人の王たちがいました。その中には、不完全ながらも何人かの良い王たちがいました。今日は、アマツヤについて学びます。アマツヤはどのような王だったのでしょう。 続きを読む

18.9.2.

南ユダ王国の第8代の王となったのがヨアシュです。ヨアシュは、どのような王だったのでしょう。 続きを読む

18.8.19.

南ユダ王国では、エルサレムの神殿で、真の神への礼拝がささげられていましたが、王たちの中には、偶像礼拝をもたらした悪い王たちもいました。しかし、偶像を捨て、主だけを求め、主だけを礼拝する良い王たちもいました。その内の1人が第3代目の王アサで、もう1人が第4代目の王ヨシャパテです。 続きを読む