19.2.10.

今日は、「絶えず祈りなさい」ということについて学びます。祈りは、御言葉と並んで、信仰生活に欠かすことのできない重要な要素です。「絶えず祈る」とはどういうことなのでしょうか。どうしたら「絶えず祈る」ことが出来るのでしょうか。 続きを読む

19.2.3.

Ⅰテサロニケ5:16-18には、「いつも喜んでいなさい」、「絶えず祈りなさい」、「すべての事について、感謝しなさい」とあります。これらの3つの事柄は、クリスチャン生活の基本と言えます。今日はこの中から、「いつも喜んでいなさい」ということについて学びます。どうしたらいつも喜び続けることが出来るのでしょう。何を喜んだらいいのでしょう。 続きを読む

19.1.20.

この聖書の話は、「種蒔きの例え」と呼ばれています。当時のユダヤの種蒔きは、文字通り、種の入った袋からただ種をばら蒔くだけでした。この例え話に出て来る「種」は「御言葉」を意味しています。「種」が落ちた4種類の土地は、御言葉を聞く人の「心の状態」を表しています。その人が、どのような心の状態で御言葉を聞くかによって、その人の信仰が成長して実を結ぶかどうかが決まります。私たちはどのような心の状態で御言葉を聞かなければならないのでしょうか。 続きを読む

19.1.13.

「岩の上の家と砂の上の家」の例え話から、御言葉を実行するということについて聖書から学びます。 続きを読む

19.1.6.

主は、私たちが「幸いを得、また健康であるように」(Ⅲヨハネ2)と願っておられます。では、「幸いな者」とはどのような者なのでしょうか。 続きを読む

19.01.01

主は、私たち一人一人のために、良い計画を持っておられます。どのようにしたら、主の計画の内を、まっすぐ歩んでいくことが出来るのでしょうか。それは、私たちが「行く所どこにおいも、主を認め」ることによってです。 続きを読む

18.12.23

イエスが「お生まれになったとき」「東方の博士たちがエルサレムにやって来」(1)ました。彼らは、「東方」、即ちかつてバビロニア帝国のあったメソポタミア地方から来ました。昔、ユダヤ人たちは、バビロニア捕囚によって、その地域に強制移住させられました。ですから、その地域では、ユダヤ人の文化、宗教、習慣などがよく知られていました。また、この「博士たち」とは、「星占いの学者たち」のことです。「博士たち」は「ユダヤ人の王」即ち「キリスト」の誕生を知らせる星を発見しました。そこで、「博士たち」は、キリストを礼拝するためにエルサレムまでやって来ました。この「博士たち」の礼拝の姿から、礼拝の姿勢について学ぶことが出来ます。 続きを読む

18.12.2.

ヒゼキヤの次に南ユダ王国の王となったのは、ヒゼキヤの息子マナセでした。しかし、マナセは、「主の目の前に悪を行った」のです(Ⅱ歴33:1-2)。マナセが死んだ後、マナセの息子アモンが南ユダ王国の王となりました(21)。アモンも、「主の目に悪を」(22)を行い、偶像礼拝をし続けました。アモンの後に南ユダ王国の王となったのは、アモンの息子ヨシヤでした(34:1)。ヨシヤは、良い王で、「主の目にかなうことを行って、先祖ダビデの道に歩み、右にも左にも」(2)それませんでした。ヨシヤは、どのようなことをしたのでしょう。 続きを読む

18.11.18.

主は、私たちが「実を結ぶ者」となることを望んでおられます。では、私たちが結ぶべき実とはどのようなものでしょう。また、どのようにしたら実を結ぶ者となることが出来るのでしょう。 続きを読む

18.11.11.

ヒゼキヤは、衰退してしまった南ユダ王国を立て直すために、神殿礼拝、過越しの祭り、十分の一のささげものを回復させました。それによって、人々の心を主に向けさせ、彼らが主を求め、礼拝するように導いたのです。しかし「これらの誠実なことが示されて後、アッシリヤの王セナケリブが」(32:1)攻めて来ました。私たちが主を求め、主に従って歩んでいても、様々な問題や困難が襲うこともあります。しかし、大切なことは、それに対して、どのように対処するかということです。ヒゼキヤは、どのように対処したのでしょうか。 続きを読む