15.9.13.

熱くあってほしい

黙示3:14-22

エペソ教会には非難されるべき点がありましたが、称賛される点もありました。
しかし、ラオデキヤ教会には、賞賛の言葉はなく、非難の言葉しかありませんでした。
ラオデキヤ教会はどのような教会だったのでしょう。
主は、ラオデキヤ教会にどのようなことを語られたのでしょう。 続きを読む

15.9.6.

初めの愛に帰れ

黙示2:1-7

神様は私たちがどのような教会となることを望んでおられるのでしょうか。
神様が「エペソにある教会」に語られたメッセージから学びます。
エペソの教会はどのような教会であったのでしょう。 続きを読む

15.8.23.

キリストの体として一つになる

エペソ4:16

教会について聖書から学びましょう。 続きを読む

15.8.9.

キリストの体なる教会

Ⅰコリント12:27

教会とは何なのか聖書から学びましょう。 続きを読む

15.7.5.

収穫の働き手となろう

マタイ9:35-38

日本のクリスチャン人口は1%未満であると言われています。
ということは日本の99%以上の人たちは、生きる意味を見出せず、
何の希望も喜びもないまま、地獄へと向かっているのです。
この現実に対して私たちは何をしなければならないのでしょうか。 続きを読む

15.6.21.

神の友アブラハム

ヤコブ2:23

アブラハムは「信仰の父」として尊敬されています。
アブラハムが神様を信じて義と認められ(創世15:6)、
私たち信仰によって義と認められる者の先祖となったからです。ローマ4:12,16
また、アブラハムは「神の友」とも呼ばれています。イザヤ41:8
アブラハムを「神の友」と呼ばせたものは何だったのでしょうか。 続きを読む

15.6.7.

主の主権を認める

箴言3:5,6

様々な問題が起こった時、私たちはどうしてこのようなことが起こったのか、
またこれからどうしらたいいのかと色々と考え込んでしまうものです。
そして、問題ばかりに集中して考え過ぎてしまうと、思い煩うようになります。
しかし、聖書は「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな」と言っています。
これは、自分の考えや常識などで思い煩わず、ただ神様に信頼するようにということです。
さらに聖書は「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ」と言っています。
これは、どのような状況の中でも主の主権を認めるということです。 続きを読む

15.5.24.

渇いている者は来て飲みなさい

ヨハネ7:37-39

「ペンテコステ」は「五旬節」というユダヤ教の三大祭の一つでした。
「五旬節」とは、「50日目の祭日」という意味で、
大麦の初穂の束をささげる日から数えて50日目に行われました。レビ23:15~。
また、7週間経過するところから「七週の祭り」とも呼ばれました。出エ34:22、申命16:10。大麦の収穫の終りを意味し(申命16:9)、小麦の収穫となります。出エ34:22
それゆえ、「刈り入れの祭り」(出エ23:16)、「初穂の日」(民数28:26)とも呼ばれています。
キリスト教会にとって、「ペンテコステの日」は「聖霊降臨祭」とも言われ、
弟子たちに聖霊の注ぎと満たしが与えられ、教会が誕生した記念すべき日なのです。 続きを読む

15.5.17.

主に仕えたマグダラのマリヤ

ルカ8:1-3

イエス様の12人の弟子は常にイエス様と一緒に行動していました。
また、大勢の無名の女性たちがイエス様に従い仕えていました。
その女たちの中で最初に挙げられているのが「マグダラの女と呼ばれるマリヤ」でした。
「マグダラ」はガリラヤ湖北西部にあった町で、彼女はこの町の出身者だったのでしょう。
マグダラのマリヤについては、聖書にはあまり詳しく説明されていません。
しかし、マリヤはイエス様の十字架の死と復活という重要な場面に立ち会っていました。
「マグダラの女と呼ばれるマリヤ」とは、どのような女性だったのでしょう。 続きを読む

15.5.10.

弟子と呼ばれたドルカス

使徒9:36-42

ヨッパという港町に「ドルカス」という女の弟子がいました。
「ドルカス」はギリシャ語名で、ユダヤ名は「ダビタ」で「かもしか」という意味です。
ユダヤ人と異邦人が住む地域では、ユダヤ人の多くがへブル語かアラム語の名前と、
ギリシャ語かラテン語の名前を持っていました。
ドルカスは人々から愛され、慕われていました。どのような女性だったのでしょうか。 続きを読む