14.12.21

主の御業を見て賛美する者となる

ルカ2:1-20

イエス様の誕生の次第を通して、神様を信じ、信頼することの大切さが教えられます。 続きを読む

14.12.14

ヨセフの信仰
自分の正しさや常識で神様を制限しない

マタイ1:18-25

マリヤは御使いガブリエルから男の子を生むと告げられ、とても驚きました。
しかし、マリヤは御使いを通して語られた神様のメッセージを信じ受け止めたのです。
マリヤは、救い主の母親として選ばれ、救い主を世に産み出すという大役を果たしました。
しかし、ヨセフもヨセフにしか出来ない重要な役割を果たしていたのです。
ヨセフを通してどのようなことが教えられるのでしょうか。
続きを読む

14.11.30

信じない者ではなく信じる者になる

ルカ1:5-25

神様から遣わされた御使いガブリエルは、バプテスマのヨハネの父ザカリヤに現れ、彼に子供が与えられることを告げ知らせました。
しかし、そのメッセージに対するザカリヤの応答は、否定的なものでした。
この聖書箇所からどのようなことが教えられるでしょうか。 続きを読む

14.11.23

主に御心を伺ったダビデ(後編)

Ⅰサムエル22,23章

⑤ 平安があるか
神様が私たちのために持っておられる計画は、「平安の計画」です。エレミヤ29:11
ですから、神様の御心、導きであるならば、心に平安が与えられます。
もし、心を支配しているものが恐れや不安であるなら、
それは神様からのものではありません。
しかし、神様が私たちに与えて下さる平安は、単に人間的な平安ではありません。
単に、現状や条件が良いからということで与えられる平安ではありません。
それは常識的には平安でいられないような状況であるにも関わらずの平安です。
たとえ現実的には状況が悪く見えても、神様からの導きであるなら、
心に平安が与えられるのです。ヨハネ14:27
続きを読む

14.11.16.

主に御心を伺ったダビデ(中編)

Ⅰサムエル22,23章

 

② 神様の栄光を現すものか
私たちの人生の目的は、神様の栄光を現すことです。Ⅰコリント10:31。
すなわち、神様がどんなに素晴らしいお方であるかをあらわし、
神様がほめ称えられるようにするのです。
自分がしようとしていることは、神様の栄光になっているでしょうか。
また、自分のしようとしていることは、クリスチャンとしての証しとなることでしょうか。
もし、神様の栄光にならないことであるなら、神様の御心、神様の導きではありません。
また、それは誰の栄光になるのかということも大切なポイントです。
それは、ただ自分が得すること、自分が称賛されること、自分が楽しむことなのか。
主の祈りの中にもある通り、「御名があがめられ」ることを求めましょう。マタイ6:9。
続きを読む

14.11.9.

主に伺ったダビデ(前)

Ⅰサムエル22,23章

21章では、ダビデが神様を避け所とするよりも、
自分の身を守るために、偽りを避け所としたことが記されていました。
詩篇34篇で、ダビデは、この時の経験を基に、神様を信頼するべきことを歌っています。
ダビデは、どのように神様に信頼し、神様に従うようになったのでしょうか。 続きを読む

14.11.2.

真の避け所なる主

Ⅰサムエル21章、詩篇34篇

これまで、ダビデは、様々な人達によって守られて来ました。
しかし、21章では、味方になってくれるような人はなく、ダビデは孤独でした。
ここでは、ダビデが自分の身を守るために行った努力を見ることが出来ます。
ダビデはどのようにして自分の身を守ろうとしたのでしょうか。
そして、その結果、ダビデは何を学んだのでしょうか。

続きを読む

14.10.19.

ダビデに対するヨナタンの友情

Ⅰサムエル20章

20章には、ダビデとヨナタンの美しい友情が描かれています。
ヨナタンは、心からダビデを愛していました。18:1,3、19:1、20:17。
ダビデも、ヨナタンの愛をとても喜んでいました。Ⅱサムエル1:26。
ヨナタンのダビデに対する愛は、人間的な愛を超えた神様の愛をあらわすものでした。
ヨナタンのダビデに対する友情から、
イエス様が私たちにとってどのようなお方なのかを見ることが出来ます。
続きを読む