15.5.3.

喜んで仕える霊に支えられる

詩篇51:12

詩篇51篇はダビデの悔い改めの詩篇です。Ⅱサムエル11:1-12:15が背景となっています。
そして、この詩篇の中で、ダビデは次のように言っています。
「あなたの救いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が、私をささえますように。」51:12
喜びをもって主に仕えるにはどうしたらよいのでしょうか。 続きを読む

15.4.19.

我が心の目を開いて下さい

ルカ24:13-35

イエス様が復活された日、クレオパともう一人の弟子が、
エルサレムから11km離れたエマオへと向かって暗い気持ちで歩いていました。
しかし、その日の夜には、その同じ道を大きな喜びと希望をもって戻って行ったのです。
このエマオへの道中、彼らに何が起こったのでしょう。 続きを読む

15.4.12.

舟の右側に網を降ろす

ヨハネ21:1-11

イエス様が復活された後、
ペテロは他の弟子たちと共にティベリヤ湖(ガリラヤ湖)に行き漁をしていました。
彼らは一晩中漁をしましたが、何も獲れませんでした。
そして、弟子たちは心身ともに疲れ果て夜明けを迎えました。
その時、イエス様が岸辺に立っておられ、弟子たちに言われました。
「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」(6)
弟子たちは言われるままに「舟の右側」に網を下ろしてみました。
「すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった」(6)ほどでした。
その網は「百五十三匹の大きな魚でいっぱい」(11)でした。
続きを読む

15.4.5.

復活の主による希望

ヨハネ11:25,26

イエス様が死から復活し、生きておられるという事実は、
絶望のどん底にあった弟子たちに希望を与え、喜びと力を与えました。
イエス様の復活は私たちにどのような希望を与えるのでしょうか。 続きを読む

15.3.22.

エルサレムから地の果てまで

使徒1:8

この使徒1:8は「使徒の働き」のテーマであり、「使徒の働き」の構成を表しています。
そして、使徒1:8はイエス様が教えて下さった福音宣教の戦略でもあるのです。
イエス様は弟子たちに、「エルサレム」すなわち彼らの地域、
「ユダヤ」すなわち彼らの国、「サマリヤ」すなわち国内の他の文化圏、
そして「地の果て」すなわち全世界に福音を届けるようにと言われたのです。
こように、イエス様の最終的な目標は世界宣教でした。 続きを読む

15.3.15.

我に死に主に生きる

マルコ10:17-31

ある時、イエス様のもとに「ひとりの人が走り寄って」(17)来ました。
この人はマタイ19:20によると「青年」であり、ルカ18:18では「役人」と言われています。
ですから、彼は若くして役人となった裕福な人、成功した人であったようです。
また、この人は宗教的にも熱心な人であったことが、彼の質問から伺えます。
彼はイエス様に天国に入る方法を尋ねるためにやって来ました。
しかし、結果は悲しみながら立ち去ることになってしまったのです。
なぜそのようになってしまったのでしょう。この人の問題点は何だったのでしょう。 続きを読む

15.3.1.

聖霊の風を迎えよう

ヨハネ3:8

イエス様はニコデモに人が新しく生まれ変わるのは、
聖霊の働きによるのであって、それは「思いのままに」吹く「風」のようであり、
それがどのようにして起こるのかということは誰も分からないのだと語られました。
聖書の中で「風」も「息」と同様に「聖霊」を表しています。
聖霊は人格をもった神様であり、意思や感情を持たれ、
「思いのままに」、「みこころのままに」(Ⅰコリント12:11)働かれるお方なのです。
では、聖霊はどのようなところに臨まれ働かれるのでしょう。 続きを読む

15.2.15

主の息吹を受けよ

エゼキエル37:1-14

「リバイバル」という言葉には「生き返らせること、復興、再生」という意味があります。
この言葉は、過去の文化が再び盛んになる時に使われますが、
キリスト教でも「信仰復興」という意味で使われています。
クリスチャンの信仰が再び熱く燃やされ、多くの人々が信仰を持つようになることです。
私たちの霊的な状態は生き生きとしているでしょうか。 続きを読む

15.2.8.

ともに主を賛美しよう

詩篇34:3

ダビデは詩篇34:3で「私とともに主をほめよ。共に、御名をあがめよう」と勧めています。
ダビデは自分だけが主を賛美するのではなく、主の民が共に賛美するように促しています。
一人で主を賛美することも大切ですが、私たちが共に主を賛美することも大切なのです。 続きを読む

15.1.25.

いつも主を賛美する

詩篇34:1-7

詩篇34:1。私はあらゆる時に主をほめたたえる。私の口にはいつも主への賛美がある。
ダビデがこのように言った時の状況は、何の問題もないような時ではありませんでした。
感情的には、とても賛美出来るような状況ではありませんでした。
しかし、ダビデは主をほめたたえ賛美したのです。
どのようにしたら、私たちもいつも主を賛美することが出来るのでしょう。
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