15.12.13.

マリヤの賛美

ルカ1:39-56

マリヤは、御使いガブリエルから、救い主の母になるということを告げられた後、
ユダの山地の町にいる親類のエリサベツを訪問しました。
エリサベツは「マリヤのあいさつを聞いた時」、
「聖霊に満たされ」(41)マリヤを祝福しました。43-45。
それに応えるように、マリヤも神様を賛美しました。
この「マリヤの賛歌」から、神様を賛美する理由について学びましょう。

1.神様の偉大さのゆえにほめたたえる

救い主の母に選ばれるということは、光栄なことであり、喜ばしいことでしたが、
この時のマリヤにとって、それは決して喜ばしいことではありませんでした。
なぜなら、結婚もしていないのに妊娠するということは、不貞の罪を犯した者として、
さらしものになったり、石打の刑になることだったからです。申命22:20-24
マリヤの将来には、様々な問題や困難や災難が予想されました。
これから起こり得ることを考えたら、彼女の心は、恐れと不安でいっぱいだったはずです。
しかし、彼女は、思い悩んだり、悲しんだり、つぶやいたりしませんでした。
そのような状況にも関わらず、マリヤは主に賛美をささげたのです。
「わがたましいは主をあがめ、わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。」
「あがめ」は、ラテン語で「マグニフィカト」といい、「大きくする」という意味です。
ですから、「神様をあがめる」ということは、「神様を大きくする」ということです。
マリヤは問題に焦点を合わせ、問題を大きくし、いかに問題が大きいか嘆いたのではなく、
神様に焦点を合わせ、神様を大きくし、神様をほめたたえたのです。
マリヤは偉大なる神様に焦点を合わせたのです。
神様をほめたたえるとは、神様の偉大さに焦点を当てることです。
私たちは、問題や困難に目を向けるのではなく、
神様の偉大さに目を向けて、神様をあがめ、ほめたたえなくてはなりません。
焦点が神様以外のものにずれてしまうと、賛美できなくなってしまいます。
私たちも自分の思いを問題ではなく、神様に集中させ、
神様を「大いなる方」としてあがめ、ほめたたえましょう。エレミヤ10:6

2.神様の恵みのゆえにほめたたえる

マリヤは、まだ10代の少女であったであろうと考えられています。
彼女は社会的にも身分が低く、経済的にも貧しく、優れた学歴もなく、
何か特別な才能や能力があったわけでもない、取るに足らない少女でした。
マリヤには、救い主の母に選ばれるような資格など一つもありませんでした。
しかし、神様は、そんなマリヤに「目を留め」、救い主の母として特別に選ばれたのです。
それは、ただ神様からの一方的な選びによることでした。これは神様の恵みです。
マリヤは、賛美の中で「主はこの卑しいはしために目を留めてくださった」と告白しています。
マリヤは、大いなる神様が、取るに足らない小さな自分にさえも
心を留めて下さった恵みに心から感謝し、神様をほめたたえたのです。
私たちが神様をあがめ、ほめたたえるのも、
神様が、取るに足らない、小さく、弱い私たちに目を留め、
私たちに大いなることをして下さったからです。
神様が私たちに表して下さった憐れみと恵みを忘れてはなりません。詩篇103:1-5
「マリヤの賛歌」で歌われていることは、
神様が取るに足らない小さな者の神様であり、貧しい者や弱い者の神様であり、
困難の中にある者の神様であり、苦しみ悲しみの底に沈む者の神様であるということです。
神様は、貧しく弱い者、苦しみ悲しむ者に目を留め、救い上げて下さるのです。
大いなる全能の神様は、取るに足りない小さな私たちをも心に留めて、
愛を注ぎ、必要な導きや助けを与えて、大いなる御業を現して下さるのです。
神様の恵みのゆえに、神様をあがめ、たたえましょう。

3.神様の約束の実現のゆえにほめたたえる

マリヤは、過去にイスラエルに対して成された神様の御業に言及し、
「主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、そのしもべイスラエルをお助けになりました。
私たちの父祖たち、アブラハムとその子孫に語られたとおりです」(54,55)と告白しました。
神様は、創世記12:1-3で、アブラハムと彼の子孫を祝福すると約束し、
「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」(12:3)と語られました。
アブラハムの子孫によって、全世界の人々に救いがもたらされるという祝福の約束です。
そして、今、マリヤを通して救い主が与えられ、イスラエルが救われ、
全世界の人々に救いがもたらされようとしていたのです。
それは、神様が「アブラハムとその子孫に語られたとおり」でした。
人間は、自分が約束したこと、誓ったことを忘れたり、守れないことがありますが、
神様は約束されたことを決して忘れることなく、実現して下さるのです。Ⅱテモテ2:13
神様が約束を忘れてしまったのではないかと思えるような時もありますが、
その時になったら、神様の方法でその約束は実現されるのです。
アブラハムに子供が与えられたのは、約束された時から約25年後でした。
ヨセフは波乱万丈の人生の後、エジプトの首相になりました。
ダビデがイスラエルの王となるためには、様々な試練を通らなくてはなりませんでした。
自分の目の前の現実、自分が置かれている状況がどのようなものであっても、
神様の約束は必ず実現すると信じましょう。ヘブル10:35-39ハバクク2:3
神様が約束を実現して下さることを信じて、神様をあがめ、ほめたたえるのです。

神様の偉大さに目を向けて、神様をあがめ、ほめたたえましょう。
私たちに対する神様の一方的な恵みを覚えて、神様をあがめ、ほめたたえましょう。
神様の約束の実現を感謝して、神様をあがめ、ほめたたえましょう。
自分の状況や自分の感情に従って、神様をほめたたえるのではなく、
神様の変わることのないご性質のゆえに、神様をほめたたえるのです。
ただ神様が神様であられるゆえに、神様はほめたたえられるべきお方なのです。

Filed under: 伊藤正登牧師