15.12.27.

ヨセフの従順

マタイ1:18-25

マリヤは救い主の母親として選ばれ、救い主を産むという大役を果たしましたが、
それに比べてイエス様の父親となったヨセフは脇役的な存在です。
しかし、ヨセフもヨセフにしか出来ない重要な役割を果たしていました。
ヨセフはどのような役割を果たし、どのように用いられたのでしょうか。

1.自分の正しさにとらわれない

ヨセフとマリヤが結婚する前に、マリヤが妊娠していることが分かりました。
結婚前に妊娠するということは、犯罪者として取り扱われるような重大な問題でした。
ヨセフはマリヤを愛していたので、マリヤを人々の前でさらし者にすることも、
死に追いやることも出来ませんでした。何とかマリヤを助けよう、守ろうとしました。
そこで、ヨセフはマリヤに離婚状を与えて、「内密に去らせようと決めた」のです。
婚約関係がなければ、姦淫の罪に問われることはなく、マリヤの命は助けられたからです。
そのようにマリヤと別れることは、常識的には最善の方法と考えられました。
しかし、そうすることは、神様の救いの計画を妨げてしまうことになりました。
なぜなら、もしヨセフがマリヤを妻として迎え入れていなかったなら、
マリヤから生まれて来るイエス様は「ダビデの子孫」とはなりえなかったからです。
「ダビデの子孫」であるヨセフがマリヤを妻として受け入れたゆえに、
マリヤから生まれたイエス様も「ダビデの子孫」となりえたのです。
そうなれば、救い主キリストが「ダビデの子孫」として生まれるという預言は成就せず、
神様の救いの計画も成し遂げられなくなってしまうのです。
また、ヨセフとマリヤは「ベツレヘムというダビデの町」へ行き、
そこでイエス様を産みました。ルカ2:1-5
それによって、救い主がベツレヘムで生まれるという預言を成就しました。
しかし、もしヨセフがマリヤと結婚していなければ、マリヤはベツレヘムに行くことなく、
イエス様もベツレヘムでは生まれなかったことでしょう。
つまり、ここでも神様の救いの計画は成し遂げられなかったのです。
ですから、ヨセフがマリヤを妻として迎え入れたということは、
神様の救いの計画が実現するためには非常に重要なことであったのです。
しかし、神様の救いの計画も、救いの御業も成し遂げられない危険性がありました。
それは、ヨセフが罪深く悪い人間だったからではなく、「正しい人」であったからです。
「正しい人」とは「律法に忠実に従っている人」という意味です。
ヨセフは「真面目にルールを守る人」、「常識的な行動をする人」でした。
神様は人類のために救いの御業を始めようとしておられましたが、
ヨセフは目の前の問題を解決するため、人間的に考えて最善な方法を取ろうとしたのです。
神様の御業は、人間の常識をはるかに超えた方法で現されることがあります。
しかし、私たちがそれを理解したり、受け入れたりすることが出来ず、
このヨセフのように、常識的に考えて正しいと思える方法を取ろうとして、
かえって神様の働きや御業を妨げてしまうようなことはないでしょうか。

2.主の御声を聞く

ヨセフが自分の正しさや人間的に最善な方法をとらないでマリヤと結婚したのは、
神様からの啓示、神様からの語りかけ、神様からの声があったからです。
ヨセフはマリヤのことで「思い巡らしていた」と書いてあります。
この「思い巡らす」という言葉は、ギリシャ語では「ενθυμέομαι」という言葉で、
英語では「revolve、ponder」となり、「熟考する、じっくり考える」という意味です。
ヨセフはマリヤに起こった出来事についてただ悩んでいたのではなく、どういう事なのか、
どういう意味なのか、これからどうするべきなのか、じっくり考えていたのです。
すると、ヨセフに「主の使いが夢に現れて」、
「恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい」語りかけました。
ヨセフは、神様からの語りかけに聞く耳を持っていたのです。
人生には、決断しなければならないことや、選択しなければならないことがあります。
私たちはクリスチャンとして、神様の御心、神様の導きに従いたいと考えています。
そのために、人に相談することがありますが、それは決して悪いことではありません。
しかし、最終的には自分で神様に聞くということが必要なのです。
そして、神様の語りかけを聞くためには、
神様の御前に出て、神様と共に過ごす時間を持たなくてはなりません。
マリヤがイエス様の足元に座り、イエス様の言葉に耳を傾けていたように(ルカ10:38,39)、
私たちもまず神様の御前に出て、御心を祈り求めることが大切です。
私たちが神様を求め、祈る時、神様は私たちに答えて下さいます。エレミヤ29:12,13
神様の御心を求める時には、自分の心を空にして、
「神様が語れることには何でも従います」という心の姿勢を持つことが大切です。
頑なな心のまま、神様の語りかけを聞こうとしても、聞くことはできません。
神様の語りかけを聞く態度が出来ていないため、
神様が私たちに語りたいと願っておられることを受け止めることが出来ないのです。
自分の願いや考えを押し通そうとするのではなく、
サムエルのように、「主よ。お話ください。しもべは聞いております」(Ⅰサムエル3:10)と、
へりくだって神様の御心であるなら何でも従う心をもって御心を求めることが大切です。
イエス様は「聞く耳のある者は聞きなさい」(マルコ4:9,23)と言われましたが、
「聞く耳のある者」だけが神様の語り掛けを聞くことが出来るのです。

ヨセフは神様の導きに従って、マリヤを妻として受け入れ、
イエス様が救い主として生まれるために重要な役割を果たしました。
そして、ヨセフの従順によって、全人類に救いがもたらされることになりました。
私たちも自分の正しさにとらわれず、神様の御声を聞き、神様の御心に従いましょう。
そして、神様の導きに従って、神様の御業のために用いられる者となりましょう。

Filed under: 伊藤正登牧師