21.2.7

ネヘミヤは、敵対者たちの外部からの妨害に対処して工事を進めて来ました。しかし、ネヘミヤは、ユダヤ人内部の問題にも対処しなければなりませんでした。

1.貧しいユダヤ人たちの訴え(v.1-5)

貧しいユダヤ人たちが、富んだユダヤ人たちに対し、「強い抗議の声を上げ」(1)ました。

① 第一の訴え : 食料不足(v.2)。

② 第二の訴え : 天候不順による不作(v.3)。

③ 第三の訴え : 重税と経済的破綻(行き詰まり)(v.4-5)。

これらの問題は、工事が始まる前からあった問題だったのでしょう。初めの内は、ネヘミヤに励まされて、一丸となって工事に励んでいました。しかし、時間が経ち、貧しい者と富んだ者との格差という問題に目が向けられ、貧しい者たちから富んだ者たちに対する不満が爆発したのです。この問題をそのままにしておいたら、内部分裂を起こし、工事は中断してしまいます。

2.豊かなユダヤ人に対する叱責(v.6-9)

ネヘミヤは、「彼らの不平と、これらのことばを聞いて、非常に怒」(6)りました。そして「十分考えたうえで」、「おもだった者たちや代表者たちを非難」しました(7)。ネヘミヤは、感情的に責めたのでなく、慎重に考え、思慮深く「彼らを責め」(7)たのです。聖書は、怒りを治めることの大切さを教えています(箴14:2916:3229:11ヤコ1:19)。

① 同胞から担保を取って金を貸している(v.7)

本当の問題は、豊かな「おもだった者たちや代表者たち」(7)だったのです。彼らは、貧しく生活が困窮していたユダヤ人たちに助けの手を伸べず、そのような人たちを利用して、かえって自分たちの利益を得ていたのです。彼らは、貧しいユダヤ人たちの畑や家を担保に、食糧を与え、お金を貸していました。そして、お金を貸す時には、「利子」を取っていました。出22:25は、お金を貸す時は「利息をとってはならいない」と命じています。Cf.申23:19-20

② 同胞を奴隷として売ろうとしている(v.8)

貧しいユダヤ人たちは、畑や家を担保に取られてしまったので、お金を得るために、息子や娘を奴隷として売らなければならなくなってしまいました。そして、豊かなユダヤ人たちが彼らを奴隷として異邦人に売り、利益を得ていたのです。レビ25:39には、ユダヤ人を「奴隷として仕えさせてはならない」と命じられています。ネヘミヤは、異邦人の奴隷となっていたユダヤ人たちを「できるかぎり買い取った」のに、再び異邦人に売られているが、何度も「買わなければならない」と言いました。ネヘミヤの言葉を聞いたユダヤ人たちは「黙ってしまい、一言も言いだせ」(8)ませんでした。

③ 神を恐れながら歩め(v.9)

ネヘミヤは豊かなユダヤ人たちに「あなたがたのしていることは良くない」(9)と言いました。彼らの行為は、非人道的であり、神の教えに反することだったからです。さらに、ネヘミヤは「私たちの敵である異邦人のそしりを受けないために」(9)と言いました。敵は、ユダヤ人が同胞に対し酷い扱いをしているのを見て、悪く言うようになります。それは、ユダヤ人の名誉が傷付くだけではなく、神の御名が傷付くことになるのです。だから、ネヘミヤは「私たちの神を恐れながら歩むべきではないか」といいました。「神を恐れながら歩む」とは、常に神を覚え、神の教えに従いながら歩むということです。

3.ネヘミヤの解決策(v.10-19)

① 負債の帳消し(v.10)

ネヘミヤも自分の親類も若い部下たちも、無利子で「金や穀物」を貸していましたが、その貸した「金や穀物」の返済を免除すると言ったのです。ネヘミヤは、自分が率先して、ユダヤ人たちに見本を示しました。

② 畑と家と利子の返還(v.11)

原文では、「だから、あなたがたも、きょう」、「彼らに返してやりなさい」となっています。まず借金の抵当としていた「畑、ぶどう畑、オリーブ畑、家」を返すようにということです。次に貧しいユダヤ人たちから高利で取った「利子」を彼らに返すようにということです。

③ 誓いと実行(v.12-13)

ネヘミヤの言葉を聞いていた豊かなユダヤ人たちは「私たちは返します。彼らから何も要求しません。私たちはあなたの言われるとおりにします」(12)と答えました。また、ネヘミヤは「祭司たちを呼び、彼らにこの約束を実行する誓いを立てさせ」(12)ました。さらに、約束の実行を確かなものとするため警告も与えました。全集団は、「アーメン」と言って、「主をほめたたえ」、「約束を実行した」のです(13)。

④ ネヘミヤの模範(v.14-19)

a) 総督としての手当を受けなかった(v.14)

b) 重税を取らなかった(v.15)

c) 威張り散らさなかった(v.15)

d) 農地を買わなかった(v.16)

e) 物惜しみしなかった(v.17-18) ネヘミヤは、豊かに与える人だったのです。

ネヘミヤは、人からの報いを求めず、神に覚えていただけたら満足だったのです(19)。

 

 

ネヘミヤ記5章全体かに流れている一つのテーマは、「憐れみ」です。私たちの「主は、あわれみ深く、情け深い」(詩103:8)お方です。Cf.詩103:8-13出34:6-7。主は、私たちにも人に対して憐れみ深くあるようにと願っておられます(ルカ6:36-38)。

もし助けを必要としている兄弟姉妹がいて、自分に助ける力があるなら、「あわれみの心を閉ざす」(Ⅰヨハ3:17)ことせず、助けの手をさし伸ばしましょう。

また、借金を免除するということは、罪を赦すという意味もあります。聖書では、「」のことを「負いめ」(借金)(マタ6:12)と表現しています。Cf. ルカ11:4。「無慈悲なしもべ」(マタ18:23-35)の例え話の中で、「私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか」(33)と言われています。私たちは、主に赦されたのだから、人を赦さなければならないのです(エペ4:32コロ3:13)。

イエスは、「わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない」(マタ9:13)と言われました。

「天の父があわれみ深いように」、私たちも「あわれみ深く」しましょう。