19.1.6.

主は、私たちが「幸いを得、また健康であるように」(Ⅲヨハネ2)と願っておられます。では、「幸いな者」とはどのような者なのでしょうか。

1.幸いな人とは

詩篇1:1には、「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座につかなかった、その人」とあります。ここに「悪者」、「罪人」、「あざける者」と3種類の人たちのことが言われています。
・「悪者」とは、「意図的に神の命令に背く人」であり、「神に逆らう者」です。
・「罪人」とは、単なる「犯罪者」ではなく、「神を無視して自己中心に生きる人」です。
・「あざける者」とは、単に人や物をばかにしたり、悪く言う人ではなく、「自分の知恵や力を誇り、神などいらないと思い上がった人」、「傲慢な人」です。
これらの人々の共通点は、主の御言葉に聞き従わない人たちであるということです。神に逆らう人、自己中心な人、傲慢な人は、必ず神の裁きを受けます。それは、生きている間かもしれませんし、この世を去った後かもしれません。神は、全てをご存知で、神に対する不従順を必ず裁かれるのです(詩篇1:4-5)。

「幸いな者」とは、神に反逆する人、自己中心的な人、傲慢な人ではない人です。積極的な面から言うなら、「主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ」人です。これは、文字通り、一日中御言葉を唱えているということではありません。「口ずさむ」とは、ヘブル語では「反芻する」という言葉になっています。ですから、「昼も夜もそのおしえを口ずさむ」とは、御言葉を何度も繰り返して読み、思い起こし、その内容や意味を思い巡らすことです。口語訳では「昼も夜もそのおきてを思う」と訳されています。何度も御言葉を思い巡らしている中で、御言葉を「口ずさむ」ようになるのです。リビングバイブルでは「いつも、おきてのことを考えては、どうしたらもっと神様に近づけるかと思いめぐらします」と訳しています。「主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ」人、すなわち、「常に御言葉を思い巡らす」人は、「幸い」なのです。

2.御言葉を思い巡らす

では、「常に御言葉を思い巡らす」ためには、どのようにしたら良いでしょう。

① 毎日御言葉を読む

「常に御言葉を思い巡らす」ためには、毎日、聖書を読むことが必要です(申命17:19)。「忙しくて、時間がなくて、聖書が読めない」と言う人がいます。しかし「時間がない」というのは言い訳であって、「ない」のは時間ではなく「気持ち」です。聖書を読むことを後回しにしているうちに、本当に時間がなくなってしまうのです。
御言葉は、私たちの霊的な食物です。私たちの肉体を維持し、成長させるために、毎日食物を摂らなければならないように、毎日聖書を読むことによって、信仰が強められ、霊的に成長するのです(Ⅰペテロ2:1)。毎日、聖書を読む「時間をつくる」ことが大切です。聖書を読む習慣を身につけるのです。自分の好きな箇所だけを読むのではなく、聖書全体をバランスよく読むことも大切です。

② 御言葉を思い巡らす3段階 詩篇119:97

「常に御言葉を思い巡らす」ためには、次の3つの段階をとります。

ⅰ) 内容理解
聖書をただ読むだけでは十分ではありません。何が書いてあるのか内容を理解しましょう。誰が、いつ、どこで、誰に、何をしたのか。どのようにしたのか。

ⅱ) 観察
その御言葉を通して、神は何を語り、何を教えようとしておられるのか、考えましょう。たとえば、何が、従うべき命令、倣うべき模範、避けるべき行動、悔い改めるべき罪、信じるべき約束、与えられている祝福なのか、考えるのです。

ⅲ) 適用
教えられたことを自分自身と自分の生活に適用しましょう。聖書は、単に知識を得るためではなく、私たちの人生が変えられるためにあるのです。日々、御言葉を読み、御言葉を思い巡らすのは、御言葉を行うためです(ヨシュア1:8)。

③ 御言葉を暗記する

「常に御言葉を思い巡らす」ためには、御言葉を覚えることが必要です(申命6:6)。御言葉を暗記して心に蓄えておくなら、聖霊が必要な時に、おりにかなった御言葉を思い出させて下さいます(ヨハネ14:26)。また、御言葉の蓄えがあれば、イエスが悪魔に御言葉で立ち向かったように、私たちも御言葉をもって、悪魔の攻撃に対抗することが出来ます。
御言葉を暗記するためには、御言葉を書いたり、声に出して何度も読んだりします。詩篇1:2にあるように、文字通り「昼も夜もそのおしえを口ずさむ」のです。そのように、一日に何度も御言葉を告白し、御言葉を自分に聞かせるということは、自分自身の信仰を強めることになるのです。

「主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ」人は、「水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は何をしても栄える」と言っています。主は、私たちを祝福するために、御言葉を与えて下さいました(申命4:40)。主の御言葉を喜びとしましょう。毎日、御言葉を読み、御言葉を思い巡らし、その御言葉に従い、幸いな日々を歩ませていただきましょう。