持っているものを守れ

黙示2:18-29

21.9.5.

アジアの7つの教会の4番目の教会は「テアテラ教会」です。は、テアテラ教会にどのようなメッセージを語られたのでしょう。

1.全てを見通し裁き、全てを従わせる神の御子キリスト(18)

「燃える炎のような目を持ち」とは、「全てを見通して裁かれる」ということです。は隠れていることを見通し、どんなに小さな罪や悪も見逃しません。Cf.ルカ8:1723節にも「わたしが人の思いと心を探る者である」とあります。また黙1:15にも、の「足は、炉で精錬されて光り輝くしんちゅうのようであり」とあります。聖書で「光り輝くしんちゅう」は、「神の裁き」と関連しています。ですから、の「足は光り輝くしんちゅうのよう」であるとは、が「全ての悪や敵を踏み砕く権威を持つ」お方であるという意味です。また、キリストは「神の子」と紹介されています。テアテラの守護神は、太陽神「テュリムノス」でしたが、キリストこそが真の「神の子」すなわちであることが示されているのです。は、全てを見通して裁くお方、全てを足下に従わせる権威を持つ神の御子なのです。

2.賞賛の言葉 : 初めの行いにまさった行い(19)

は、テアテラ教会の「行い」を見て褒めて下さいました。その「行い」の一つは、言葉や口先だけではない「愛」と「信仰」の行いです。テアテラ教会は「愛」と「信仰」を告白するだけではなく、実行していたのです。もう一つの「行い」は、「奉仕」と「忍耐」でした。テアテラ教会は、「忍耐」をもって「奉仕」に励んでいたのです。テアテラ教会は、単なる「言葉や口先だけの教会」だったのではなく、実際に「行動する教会」だったのです。しかも「あなたの近ごろの行いが初めの行いにまさっている」と言われました。テアテラ教会は、初めよりも熱心にを愛し、信じ、忍耐をもってに仕えていたのです。

3.叱責の言葉 : 偽預言者をなすがままにしている(20)

は「あなたは、イゼベルという女をなすがままにさせている」(20)と言われました。「この女は、預言者だと自称している」(20)偽預言者でした。かつて北イスラエル王国アハブ王の妻「イゼベル」は、アハブ王を惑わして、イスラエルに偶像礼拝を持ち込み、人々に罪を犯させました。Cf.I列16:29-33テアテラ教会にいた「イゼベルという女」も、自分を「預言者」だと言って、教会を「誤りに導き、不品行を行わせ、偶像にささげた物を食べさせ」(20)たのです。テアテラ教会は、この女を厳しく非難したり、排除することなく、好きにさせていました。は、テアテラ教会が「信仰のために戦うよう」(ユダ3)求めておられたのです(ユダ3-4)。

は、この「イゼベルという女」にも「悔い改める機会を与え」ました。は憐れみ深いお方で、罪人が悔い改めることを待っておられるのです。しかし、彼女は心が頑なで、「不品行を悔い改めようと」しませんでした(21)。そのため、は「わたしは、この女を病の床に投げ込もう」(22)と言われました。「この女と姦淫を行う者たち」(22)とは、「イゼベルという女」の教えに従っている者たちです。彼らも、「この女の行いを離れて悔い改めなければ、大きな患難の中に投げ込」(22)まれます。また「この女の子どもたち」(23)とは、「イゼベルという女」の後継者です。彼らも「死病によって殺」(23)されてしまうと警告されています。は「わたしは、あなたがたの行いに応じてひとりひとりに報いよう」(23)と言われました。この裁きは「全教会」への見せしめであり、主に対する恐れを起こさせるものでした。はどんな罪や悪も覆い隠されたままにすることはありません(マタ10:26Ⅰテモ5:24)。

4.勧めの言葉 : 持っているものを守りなさい(25)

「イゼベルという女」の偽りの「教え」は、「深い真理」と呼ばれていたようです。実際は、その「教え」は「サタンの深いところ」、「サタンの教え」でしかありませんでした。テアテラ教会の一部のクリスチャンたちは、「イゼベルという女」の偽りの「教えを受け入れておらず」、「まだ知って」いませんでした。は、その人たちには「ほかの重荷を負わせない」(24)と語られました。また、「あなたがたの持っているものを、わたしが行くまで、しっかりと持っていなさい」(25)と命じられました。「あなたがたが持っているもの」とは、単数形となっており、一つのことを意味しています。それは、テアテラ教会の「純粋な信仰」です。は、新しいけど間違った教えに惑わされることなく、が再び帰って来られる時まで、「既に持っている純粋な信仰を守れ」と言われたのです。ヘブ3:12-14Ⅱテモ1:13-14

5.勝利を得る者に対する約束

は、「勝利を得る者」(26)に対して、2つの約束を与えられました。「わたしのわざ」とは「主に対する信仰」と言えます(ヨハ6:29)。

① 諸国の民を支配する権威(26-27)

まず、は「諸国の民を支配する権威を与えよう」(26)と言われました。これは、主の再臨後の千年王国において実現します(黙20:4)。「鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼らを治める」(27)は詩2:9と関連しています。詩篇2篇には、がこの地上に来られ、絶対的な権威をもって、諸国を裁き、治めるようになることが預言されています。

② 明けの明星(28)

また、主は、「明けの明星を与えよう」(28)と言われました。「明けの明星」とは、主イエス・キリストご自身です(黙22:16)。最後まで純粋な信仰を守り通した人は、「明けの明星」であるイエスに迎え入れられ、「私たちは、いつまでも主とともにいることに」(Ⅰテサ4:17)なるのです。

 

本当の勝利者は、「最後まで」の「わざを守る者」、純粋な信仰を守り通す者です。信仰を守り通す者には、主と共に治めるという輝かしい栄光の未来が約束されています。この世と妥協することなく、主に会う日まで、純粋な信仰を守り通す者となりましょう。

Filed under: アジアの7つの教会へのメッセージ伊藤正登牧師