十字架に生きる

1 コリント1:18

21.05.09

1.父よ。彼らをお赦しください(ルカ23:34)

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キリストの訪れを待ち望む

ルカ2:25-38

20201130

今週からクリスマスへの準備の期間であるアドベント(待降節)に入ります。しかし終わりの世に生きている私たちにとって、もっと重要な意味がアドベントにはあります。それは「わたしは再び来ると言われたキリストの再臨を待望する」ということです。福音書の中に書かれているシメオンとアンナは初臨のメシアを待ち望み、そのお方に会うことができたのです。彼らから、再び来られる「キリストを持ち望む者の姿」を見ていきましょう。

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2020.3.22

ペテロが沈みかけた時、「主よ。助けてください」と叫びました。

私たちには、「助けて下さい」と叫ぶことのできる神様がついています。

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2019.12.29

1.真夜中に捧げられた祈りと賛美

パウロとシラスは、占いの霊に憑りつかれた女性から悪霊を追い出したことにより、牢に入れられます。使徒16:16~19。着物をはぎとられ、何度もむち打たれました。何も罪を犯していないのに、犯罪者のように扱われました。真夜中の暗い牢の中で、それでも、パウロとシラスは神に祈りつつ、賛美の歌を捧げたのです。

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2019.10.27

1.イエスは私たちをどのように見ておられるか

イエスは私たちをご自身と繋がりのある者として、そして私たちが霊的な成長をするために必要なものが全て備えられている者として見ておられます。私たちが一度イエスに自分の人生を明け渡したなら、イエスは私たちをご自身から離れた者とは見られません。イエスは私たちに聖霊を送られ、私たちと親しい交わりを持つようにされました。私たちはイエスに繋がり、イエスとひとつにされたのです。私たちは自分自身をイエスに繋がり、霊的成長のために必要なものが全て備えられていることを信じなければなりません。

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2019.10.20

1.神は前進するように語られた

主は大宣教命令の中で「全世界に出て行き」(マルコ16:15)と言われました。出エジプト記では、主はイスラエルの民を荒野の旅へと導かれました。その際、主は昼は雲の柱、夜は火の柱となって彼らを導かれました。また主はアブラハムに彼の知らない土地へと送られました。創世記1:28で主は人に「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ」と言われました。創世記1:2では「神の霊は水の上を動いていた」とあります。このように、主は人を送られるお方なのです。

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2019.10.13

1.生命の存在という事実

生命がこの地球だけに存在するという事実だけで十分に奇跡であると言えます。奇跡とは、普通はあり得ないことのことです。

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2019.9.29

主は、どうして私たちが辛い状況にあうことをお許しになるのでしょうか。

辛く苦しい状況の中で、ナオミは主のもとに帰り、主にすがります。

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2018.07.28

ツァレファテの女は、エリシャのために屋上に部屋を設け、そこに燭台と椅子とテーブルとベッドを置きました。その部屋は、私たちの心を表しています。私たちの心にもこれらの4つのものが必要です。燭台は、神の御言葉です。御言葉は私たちの心と人生の道を照らす光です。椅子は、「待つ」ということを表します。私たちは、主の御前に座って、主を待ち望まなければなりません。テーブルは、「交わり」を表しています。そこで、主がなされた贖いの業について語り合うのです。ベッドは、まず「休息」を表しています。私たちはあまりにも忙しくて疲れ果ててしまってはいないでしょうか。私たちには休息が必要です。しかし、ベッドは「親密さ」も表しています。そして、主との親密さが奇跡をよみがえらせる力となるのです。

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2019.07.21

「ショーファー」(角笛)は、ヘブル語で「王子の口」という意味です。レビ25:9-10にあるように、ユダヤ暦の第7の月の10日には、国中のあらゆるところでショーファーを吹き鳴らしました。なぜなら、その日は「贖いの日」だからです。特に50年目は解放の年である「ヨベルの年」です。その日には、それまでの全ての負債は取り消され、奴隷となっていた人々は全て解放されて、自分の土地や家に帰ることが出来ました。ヨベルの年の前年、すなわち49年目に、ヨベルの年の到来を告げるために、ショーファーが鳴り響かされました。その音はユダヤ人たちに大きな喜びを与えました。

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