26.1.11.

ルツ記の時代は、「さばきつかさがおさめていたころ」(1)であった。それは、士師記の時代であつた。AD1100~1000年頃と言われている。その時代のことが士21:25に書いてある。「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと見えることを行っていた。」イスラエルの民は、偶像礼拝の罪を犯すようになり、政治的にも社会的にも堕落し、混乱した霊的に暗い時代であった。今の時代も、ルツ記の時代と同じように、暗い時代であると言える。しかし、そんな時代でもルツは神に従うことを選び取ることによって、祝福の人生へと導かれた。このルツの生き方から共に学びたい。

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イザヤ60:1-3

26.1.1.

これは、再びエルサレムは建て直され、繁栄するようになるという預言。この預言は、エルサレム滅亡の70年後に実現し、エルサレムは再建された。しかし、この預言の最終的な成就は、未来における新しいエルサレムにおいて。今、私たちはその過程の中にあるが、この御言葉は、今日の私たちにも語られている。

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25.12.7.

マリアが妊娠したことを知ったヨセフは、「内密に」マリアと離縁しようと考えた。このことを思い巡らしていると、夢の中に御使いが現れて、「恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。…」と語られた。マタイは、これらの出来事はイザヤ7:14の預言の成就であったと言っている(22-23)。その中で、生まれて来るメシアは「インマヌエル」と呼ばれると言われている。これは、単なる名前ではなく、イエスが「インマヌエル」なるお方であるという意味。では、「インマヌエル」と呼ばれるイエスは、どういうお方なのか。

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25.11.16.

聖書は、どのような状況の中でも感謝するように教えている。どうしたらどんな状況でも感謝出来るのか。

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25.11.9.

私たちは、何か良い事があれば、感謝することが出来る。しかし、良くない事が起こると、感謝出来ず、不平を言ってしまいます。しかし、ここで、パウロは「すべてのことにおいて感謝しなさい」と言っている。すなわち、どんな状況の中でも感謝するようにということ。なぜそんなにも感謝しなければならないのか、どうしたらどんな状況でも感謝出来るのか。

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Ⅰコリント12:12-13

25.10.19.

私たちは、キリストの体なる教会として「ひとつとなる」ようにと言われている

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マルコ2:1-12(ルカ5:17-26)

25.9.14.

この「中風の人」の癒しは、イエスが罪を赦す権威を持っている方、すなわち神ご自身であることを示す奇跡であった。それゆえ、この話の中心人物はイエスご自身であるが、「中風の人」をイエスのもとに連れて来た「四人の人」に目を向け、人々をイエスのもとに導き、救いに導くためには、何が必要なのかを学ぶ。

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25.9.7.

私たちは、イエスを愛していますが、イエスの思いを知っているでしょうか。

イエスが最も願っておられることは何でしょう。

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ヨハネ4:1-42

25.8.17.

私たちはみな、心を満たしてくれるものを求めている。心の満たしは何によって、どのようにして得られるのか。

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ヨハネ4:1-42

25.8.10.

私たちはみな、心を満たしてくれるものを求めている。心の満たしは何によって、どのようにして得られるのか。

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