2024年3月24日 

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力ですⅠコリント1:18)。

イエス・キリストが十字架上で発した言葉を見ていきます。

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マタイの福音書 11:28-30

2024年3月10日 

主イエスは「わたしのところに来なさい」と私たちを招いておられます。

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マタイの福音書 9:35-10:8

2024年2月11日

父なる神が御子イエス・キリストをこの世に遣わしました。私たちが主イエスの十字架と復活によって救われるためです。主イエスは福音を語り、病人を癒されました(9:35)。そして主イエスは弟子たちをこの世に遣わされました。福音を宣べ伝え、病人を癒すためです(10:1,5)。主イエスは私たちをもこの世に遣わしています。

福音を語り、人々の病を癒すためにです。

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Ⅱ列王記 2:1-14

2024年1月14日

エリヤとエリシャの関係は、主イエスと私たちの関係を表していると言えます。エリヤとエリシャは共にいくつかの場所を旅していますが、それぞれの場所には霊的な意味があります。二人の旅を見ていきましょう。

1.ギルガル(1節

ギルガルは古い生活を「取り除く」場所です。

ギルガルはヨシュアたちが宿営した場所であり、エジプトから完全に離れなければいけない場所でした(ヨシュア記5:9)。イスラエルの民はエジプトを脱出した後、40年間荒野を旅していました。ギルガルは40年間の荒野の旅に終止符を打つ場所です。ギルガルを越えて行かないとまたエジプト(罪とこの世)に戻っていくことになってしまうでしょう。もしくは、いつまでも同じ場所をグルグル回ることになってしまいます。

2.ベテル2節

ベテルは神に全てを明け渡す場所、神に礼拝を捧げる場所です。

ベテルはアブラハムがテントを張って、祭壇を築き、神に祈り、神を礼拝した場所です(創世記12:8)。そしてアブラハムの孫ヤコブが神に仕える誓いを立てた場所でした(創世記28:16-22)。ベテルは「神の家」という意味です。礼拝を捧げ、10分の1献金を捧げ、祈りを捧げる場所です。

3.エリコ4節

エリコは神の戦いに参加する場所です(ヨシュア記6:1-5,20)。

私たちはイエス・キリストの御名によって勝利できます。イスラエルがエリコの城壁を崩して勝利したように、私たちも勝利できます。主イエスは礼拝を越えて、更に先へ進むようにと私たちを招いています。どの領域へですか?伝道の働きをし、主イエスの弟子になっていくという領域です。

4.ヨルダン6節

ヨルダンは超自然の領域が見え始める場所です。

天が開かれて、主イエスの上に聖霊が下ってきたのがヨルダンでした(マタイの福音書3:13,164:23,24)。エリヤが天へ上って行く時、エリシャはエリヤの働きを継承する相続権、2倍の油注ぎを求めました(9節)。彼の願いはかなえられ、エリシャは天から落ちてきたエリヤの外套を取り、エリヤにあったのと同じ油注ぎを受け取りました(13節)。そしてエリシャは超自然のミニストリーへと入っていったのです。エリシャが水を打つと、エリヤと同じように(8節)、水が両側に分かれ、エリシャは渡りました(14節)。エリヤの神が自分の神にもなったのです。

 

信仰生活と教会生活には段階があります。エリシャはこのプロセスを経て、神からの祝福を受け、新しい領域に進むことができました。これは私たちの模範であり、私たちが歩むべき信仰の旅路でもあります。新年が始まりましたが、今までの古い自分と別れ、新しい歩みをしていきましょう。

2023年12月31日 

この一年全てがうまくいったわけではないと思いますが、それでも主に感謝を捧げて一年を終えましょう。一番良い方法は、主の恵みを数えることではないでしょうか。

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ルカの福音書1:26-38

2023年12月10日

主イエスの誕生物語は、マタイの福音書とルカの福音書に記されています。   マタイの福音書は主イエスのお父さんであるヨセフの立場から書かれ、ルカの福音書は主イエスのお母さんであるマリヤの立場から書かれています。

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マタイの福音書9:1-8

2023年11月19日 

1.あなたの信仰を見られる主イエス

イエスはカぺナウムにおられ(マルコ2:1)、ある家でみことばを話しておられました。その家はイエスの話を聞こうと集まってきた人たちでいっぱいになっていました(マルコ2:2)。イエスがみことばを話しておられると、そこに中風の人が運ばれてきました(2節)。中風の人は4人の人にかつがれて、イエスの元に連れて来られました(マルコ2:3)。中風とは、体が麻痺して、自分では動くことができなくなってしまう病気です。4人はイエスの所へ彼を連れて行こうと決心し、イエスがいらっしゃると聞いた場所へ行きました。しかし、群衆のためにイエスに近づくことができませんでした。でも彼らはあきらめず、屋上に上って、イエスがおられるあたりの屋根をはがし、穴をあけて、中風の人を寝かせたままその床をつり降ろしたのです(マルコ2:4)。彼らの行動にあきらめない信仰、粘り強い信仰、逆境に働く信仰を見ることができます(マタイ7:7)。イエスならこの友人を癒すことができる、とイエスを心から信じる信仰です。主イエスは彼らの信仰を見て(2節)、喜ばれました(へブル11:6)。神は私たちの信仰をも見ておられます。信仰を行動に移していきましょう。

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マタイの福音書8:18-28

2023年10月1日 

並行箇所のマルコ4:35に「さあ、向こう岸へ渡ろう」と書かれています。主イエスと弟子たちは舟に乗り、ガリラヤ湖の向こう岸を目指しましたが、途中で湖に大暴風が起こって、舟は大波をかぶり(24節)、いつ沈んでもおかしくない状態になりました。このような状況で2つの反応がありました。まずは主イエスの反応です。

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マタイの福音書 7:24-27

2023年9月17日 

今日の箇所は、山上の垂訓の結論部分になります。主イエスは聞いたみことばに弟子や群衆たちがどのように応答するかを問いかけています。家を建てることを例に話をしておられます。応答の仕方には2つの反応があります。

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マタイの福音書 6:9-13

2023年9月10日 

弟子たちは主イエスに「主よ、私たちに祈りを教えてください」(ルカ 11:1)と願いました。「主の祈り」は、主イエスが弟子たちに教えてくださった祈りです。この主の祈りを用いて祈る時、私たちは神の御心にかなった祈りを捧げていると確信することができます。主イエスは私たちに祈りの型を与えてくださっています。祈りを習得し、祈りの答えを受け取っていきましょう。

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