マルコ16:15
26.2.1.
イエスは、天に上げられる前に、弟子たちに命令された。「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。」(マコ16:15) これは、「大宣教命令(Great Commission)」と呼ばれ、4つの福音書全てに記されている。マタ28:19。ルカ24:46-48。ヨハ20:21。イエスが命じられた福音宣教、特に世界宣教について学ぶ。
1.福音宣教の対象は全世界の全ての人々
イエスは、弟子たちに「全世界」の「すべての造られた者」、「あらゆる国の人々」に福音を宣べ伝えるように命じた。この命令は、弟子たちにとっては、新しい領域に踏み込むような挑戦的な命令だった。なぜなら、弟子たちの多くはガリラヤ地方出身の漁師であり、特別な教育を受けていたわけでもなく、一度も国外に出たことのない者たちであった。また当時、ユダヤ人たちは、救いはユダヤ人だけに与えられるもので、ユダヤ人以外の外国人である異邦人は救いから除外されていると考え、異教徒であり偶像礼拝者である異邦人とは関わりを持とうとしなかった。
しかし、神の御心は、ユダヤ人だけではなく、「全世界」の「あらゆる国の人々」が救われることだった。Cf.Ⅰテモ2:4。Ⅱペテ3:9。神は、全ての人を愛しておられ。神の愛に差別もエコヒイキもない。そして、全ての人が救われるために、御子イエス・キリストを遣わして下さった。イエス・キリストは、全ての人の罪を負って、十字架にかかり死んで下さった。このイエス・キリストを信じる者は誰でも、みな罪が赦され、救われる。Cf.ヨハ3:16。
世界には、「未伝地」と呼ばれるまだ福音が伝えられていない民族、部族の地域がある。世界には、約17,400の民族グループが存在すると言われている。その内クリスチャンが2%以下である約7,400のグループが「未伝民族」と言われている。これらのグループの人口は、33億人を超え、世界人口の約42%になる。クリスチャン人口が2%以下の日本は、世界で2番目に巨大な未伝部族と認識されている。この福音(良い知らせ)を「全世界」の「あらゆる国の人々」、あらゆる民族や部族に伝えなければならない。
2.世界宣教に対する関心を持つ
世界宣教の障壁となっているものがある。それはクリスチャンの自己中心的な考え方、また態度である。多くのクリスチャンたちが求めていることは、「まず自分のこと」ではないか。自分の必要の満たし、自分の祝福、自分の幸せだけを求めてしまっていないか。まず自分の問題が解決されてから、自分の必要が満たされてから、十分に整えられてから、
その後で余裕が出来たら世界宣教について考えようと思っていないか。
私たちは、自分の生活だけに追われたり、自分の問題だけしか目に入らなかったり、いつの間にか、自分の考え方や生き方が内向きになって、世界宣教に無関心であったり、消極的になってはいないか。イエスは言われた。「あなたがたは、『まだ四か月あって、それから刈り入れだ』と言ってはいませんか。しかし、あなたがたに言います。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。」(ヨハ4:35)
今、私たちには、世界宣教のために、「目を上げて」見ることが必要。自分のことだけではなく、世界宣教にもっと関心と重荷を持とう。Cf.ピリ2:4。聖書にある神の原則は、「与えなさい。そうすれば、あなたがたも与えられます。」(ルカ6:38) もし、世界宣教のために自分をささげていくなら、いつの間にか自分の必要は満たされ、問題からも解放されていく。
3.世界宣教への参加
世界宣教のためには、神からの特別な「召し」が必要であると信じ、自分には世界宣教の召しが与えられていないと言う人がいるかもしれない。しかし、神は既に御言葉の中で、クリスチャン全員に世界宣教への召しを与えている。世界宣教の使命を果たしていくために、自分にも出来ることがある。
① 世界宣教のために祈る
宣教の働きは、悪魔の支配するこの世に出て行って、その支配から人々を解放し、神に導くことであり、霊的な戦いでもある。Cf. 使26;17-18。だから、人間的な知恵や力、方策や技術などだけでは限界がある。悪魔の力に打ち勝ち、福音を宣べ伝え、人々を救いに導くには、祈りが必要。パウロは宣教のために祈りを要請した。Cf.ロマ1:10、エペ6:19-20、コロ4:3、Ⅱテサ3:1。また、魂の収穫のために働き手が送られるように祈らなければならない(マタ9:37-38)。
② 世界宣教のためにささげる
宣教のための様々な働きのための多くの必要がある。宣教は、心から喜んでささげる者たちの献金を通してなされる。ピリピ教会は、パウロに献金を送り、パウロの働きを支援した(ピリ1:5、4:15-18)。ピリピ教会は、パウロから遠く離れていたが、パウロの働きを経済的に支援することで、パウロと共に「福音を伝えることにともに携わってきた」のであった。「それは芳ばしい香りであって、神が喜んで受けてくださるささげ物です」(ピリ4:18)
③ 実際に宣教地に出て行く
機会があったら実際に宣教地に行ってみる。短期宣教旅行として参加することが出来る。実際に宣教地に行くことによって、宣教師の働きを見たり、現地の必要が見えてくる。また、自分自身の信仰の視野と世界が広げられ、霊的・信仰的成長することが出来る。神は、福音を宣べ伝える者を探し求めておられる。「私は主が言われる声を聞いた。「だれを、わたしは遣わそう。だれが、われわれのために行くだろうか。」私は言った。「ここに私がおります。私を遣わしてください。」」(イザ6:6)
世界宣教は、私たち一人一人に与えられている使命であり、教会の使命。神は、私たち一人一人に世界宣教に参加して欲しいと願っておられる。神の呼び掛けに対して信仰をもって応え、立ち上がり、出て行こう。
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