イザヤ60:1-3
26.1.1.
これは、再びエルサレムは建て直され、繁栄するようになるという預言。この預言は、エルサレム滅亡の70年後に実現し、エルサレムは再建された。しかし、この預言の最終的な成就は、未来における新しいエルサレムにおいて。今、私たちはその過程の中にあるが、この御言葉は、今日の私たちにも語られている。
1.イエスは私たちの光となられた
1節で「起きよ。輝け」と言われているが、私たち自身が輝くのではない。この「光」「主の栄光」とは、「主の栄光」を現わすために、「光」として来られた神の御子イエス・キリストのこと。イザヤは、キリストの誕生について次のように預言していた。「しかし、苦しみのあったところに闇がなくなる。…闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が輝く。」(イザ9:1-2) そして、続く8節で「ひとりみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる」と言っている。使徒ヨハネは、神の御子イエス・キリストについて、次のように言っている。「この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった。光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。」(ヨハ1:1-5) また神の御子イエス・キリストは、「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます」(ヨハ8:12)と言われた。さらに「わたしは光として世に来ました。わたしを信じる者が、だれも闇の中にとどまることのないようにするためです」(ヨハ12:46)とも言われた。神の御子イエス・キリストは、私たちを照らす「光として」として来て下さった。
私たちの罪の身代わりに十字架にかかって死んで下さったイエスを信じるなら、私たちは罪と死と悪魔という暗闇の支配から解放され、赦しと永遠の命と祝福という「光」である「御子のご支配の中に」へと移される(コロ1:13)。使徒パウロはこの変化について、「闇から光に、サタンの支配から神に立ち返らせ」ることであると言っている(使26:18)。今、御子イエス・キリストを信じる私たちは、「闇の中」ではなく「光」の中にいる。
2.私たちは世の光として輝く
御子イエス・キリストを信じて「光」の中にいる私たちは、この「闇」と「暗黒」の中で「その光を輝かす」使命が与えられている(Ⅰペテ2:9)。エペ5:8では、「あなたがたは以前は闇でしたが、今は、主にあって光となりました。光の子どもとして歩みなさい」と言われている。「善意」(良いこと)、「正義」(正しいこと)、「真実」(真実なこと)によって、「光」を輝かせることが出来る。
① 「善意」…良いことを行う
イエスご自身も言われた。「あなたがたは世の光です。」(マタ5:14) 「あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい」(マタ5:16) そして「良い行い」によって「光を人々の前で輝かせ」ることが出来ると言う。「良い行い」とは、一般的に、人に親切にしたり、人を助けたりすること。また「善意」とは、人の益をはかり、その人にとって良いと思われることを行うこと。「益となることを図って隣人を喜ばせる」(ロマ15:2)行為は、闇の中で光輝くものとなる。それは、イエスのたとえ話の「良いサマリヤ人」(ルカ10:30-37)のように行うこと。マザーテレサは、その慈善行為によって、輝く存在だった。
② 「正義」…正しいことを行う
「光」が結ぶ実の第二は、「正義」。その「正義」は、この世の基準の正しさではなく。神の前における正しさ。神の正しさは、人や状況、文化、時代によっても、変わらない。神の正しさの基準は、神の言葉である聖書に記されている。世の中は、様々な悪、犯罪、道徳の乱れなどの蔓延している。そのような中でも、「正しい」は「正しい」、「悪」は「悪」いう姿勢を持つことが大切。使徒パウロは、「闇のわざを脱ぎ捨て、光の武具を身に着けようではありませんか」、「昼らしい、品位のある生き方をしようではありませんか」と勧めている(ロマ13:12-13)。
③ 真実…真実なことを行う
「真実」とは、「真理」、「本物」、「偽ったり飾ったりした所の無い本当の事」。イエスは真理であり(ヨハ14:6)、神の御言葉も真理(ヨハ17:17)。人々が求めているものは「偽り」ではなく、「真理」や「本物」ではないか。私たちは、真理を知っている。本物を持っている。本物の神、本物の救い、本当の人生の目的、本物の喜びと満足と平安と希望。それらを暗闇の世の中にいる人々に輝かせなくてはならない。それは、真理について語るだけではなく、真理であるイエスを信じ、真理である神の御言葉に従うことによって出来る。Cf.ピリ2:13-16。
イエスこそが「光」なるお方、「光」そのものなのです。イエスこそが私たちに「光」を与え、私たちを輝かせる源である。月が太陽の光を反射しているように、私たちもイエスの光を反映させて輝いている。私たちが光輝く時、人々は「光」に導かれてやって来る(イザ60:2-3)。Cf.イザ42:6-7。主は「起きよ。輝け」と語っています。今、立ち上がって、暗闇の世界の中で光輝き、人々を光なるキリストのもとに導こう。
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