イザヤ26:3,4
2026.4.12
イザヤ24章から27章は、一つの国ではなく、全世界に対する神の御心を語っています。そこには、過去・現在・未来を貫く神のご支配が示されています。
1.神は歴史の主である(過去)
イザヤ24章では、全地に及ぶ裁きが語られます。主は地を荒れ果てさせる(24:1)
これは一つの国ではなく、全世界に対する裁きです。
その理由は何でしょうか。主の契約を破ったからです(24:5)。
人間は神を忘れ、自分中心に生きました。その結果、社会も世界も揺らぎます。
しかしここで語られているのは、単なる歴史の出来事ではありません。
神が歴史を支配しておられるという事実です。
国々が興り、滅びる背後に、主の御手があります。
2.私たちは何に頼るのか(現在)
では現代に生きる私たちはどうでしょうか。世界は今も揺れています。
戦争、混乱、不安。人々は何に頼るべきかを探しています。
しかしイザヤは語ります。主に信頼せよ、とこしえに(26:4)。
どんなに強い国も永遠ではありません。人の力にも限界があります。
変わらないのは主だけです。だからこそ問われます。私たちは何に頼っているのか。
お金か、力か、自分か、それとも主なる神でしょうか。
主に信頼する者に、まことの平安が与えられます(26:3)。
3.主の最終的な勝利(未来)
イザヤ25章は希望を語ります。主は死を永久にのみこまれる(25:8,Ⅰコリント15:54、黙示録21:4)。
死は人間最大の敵です。誰もそれから逃れることはできません。
しかし神は、その死さえも完全に打ち破られると約束されました。
さらに27章では、レビヤタン(悪の力)が裁かれます(27:1、黙示録12:9)。
悪、罪、死、そのすべてが終わります。この約束はイエス・キリストによって成就しました。
十字架で罪が裁かれ、復活によって死が打ち破られました。
そしてやがて、完全な勝利が現れます。
結論
歴史を見ても、現代を見ても、未来を見ても、一つのことがはっきりしています。
主は昔も今もこれからも主である。
この世界は揺れます。しかし神の国は揺るぎません。
あなたは何に信頼していますか。揺れるものですか。それとも揺るがない主でしょうか。
主に信頼する者は決して揺るがされません。
Filed under: 和田一喜牧師

