2018.12.16
先週は、ルカの福音書1章より御使いがマリヤに現れた場面から、マリヤの従順な信仰について学びました。今日は、その続きとなるルカの福音書2章よりお話しします。御使いが羊飼いに現れた場面から、救い主イエス・キリストについて知りましょう。
1、キリストの誕生を最初に知らされた羊飼いたち。
救い主の誕生という重要な知らせをなぜ羊飼いに、それも最初に知らせたのでしょうか。
それは、神様が知らせたいと思った人たちであったからであり、一方的な選びであると言えます。キリストは、一部の偉い人たちのためにではなく、羊飼いのような貧しく身分も低い扱いを受けていた人々のためにも、お生まれになりました。Ⅰコリント1:27,28
2、あなたがたのために生まれた救い主キリスト。
①キリストは救い主として生まれました。 Ⅰテモテ2:4,5、ローマ6:23
キリストは、罪から救いだすことのできる唯一の神様です。罪とは、神様から離れて自分勝手に生きていることを言います。罪があるままでは、神様や身近な人たちと平和をもつことができません。天国に行ける保証もありません。救い主キリストは、神と人との間に立ち、平和を与えて下さいます。キリストによって、私たちは永遠に神様と生きることが出来るようになります。
②キリストは油注がれた者として生まれました。 ルカ4:18,19、ヨハネ3:16
油注がれた者とは、王や預言者、祭司のことで、役割を達成するために任命された者。力を与えられた者という意味があります。キリストには、すべての人を救う役割が任されていました。油注がれたキリストは、悪霊に憑かれた人を解放し、目が見えなかった人を見えるようにされ、しいたげられていた人たちを自由にされました。キリストは、すべての人の王となられたのです。
③飼い葉おけに寝ておられるキリスト ヨハネ8:12、1:5、ピリピ2:6,7
飼い葉おけとは、馬や牛が食べる飼料やわらを入れる物です。当時、馬や牛がいた家畜小屋は洞窟をくりぬいた場所にありました。キリストが飼い葉おけに寝ておられたことは、私たちと同じ立場になられたことを現すためでした。救い主であり、油注がれた王が、弱い立場の人間と同じ姿になって下さいました。キリストは、暗くて汚い場所に光として来られ、希望を与えて下さるお方です。
3、キリストに出会うと、喜びに満たされる。 マタイ1:21~23
キリストに出会うと、喜びに満たされます。もし、羊飼いたちが、御使いの知らせを少しでも疑い、キリストを探しに行かなければ、キリストに出会うことはできませんでした。羊飼いがキリストのところへ急いだように、私たちも今日、出会いましょう。キリストは、今日も生きておられます。キリストは、いつも共にいて下さり、決して裏切るお方ではありません。それゆえ、私たちは神様をあがめ、賛美します。
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