2026.3.8

私たちは今、レント(受難節)の季節を歩んでいます。
主イエスが十字架へ向かわれた道を思い巡らす時です。

イザヤ13~23章には、バビロンやアッシリアなどイスラエル周囲の国々への裁きが語られます。当時の人々は「どの国が世界を支配するのか」と考えていました。

しかし預言者イザヤは「歴史を動かしているのは帝国ではなく、神である」と語ります。

1.人間の国は永遠ではない

イザヤ13章ではバビロンへの裁きが語られます。

「バビロンは、神がソドム、ゴモラを滅ぼしたときのようになる」(13:19)

世界帝国となるバビロンも、永遠ではありません。

アッシリアもローマ帝国も、歴史の中で消えました。

人間は「この国は永遠に続く」と思います。

しかし聖書は「永遠なのは神の国だけである」と語ります。

2.神に逆らうバビロン

バビロンは単なる国ではなく、神に逆らう人間の高慢の象徴です。

その始まりはバベルの塔(創世記11章)。

そして黙示録17–18章では「大バビロン」として描かれます。

しかし聖書の結論はバビロンではありません。新しいエルサレム黙示録21章です。揺り動かされないもの、神の国だけが残ります(ヘブル12:26–28)。

神を忘れ、自分の力を誇る時、国も人生も崩れ始めます。

イザヤ書13章~23章は、国々への裁きだけでなく、私たちの罪をも照らしています。

高慢がないか、自己中心がないか、神への不従順がないか?

3.イエス・キリストこそ希望

イザヤ16:5は語ります。「一つの王座が恵みによって堅く立てられる。」

それはダビデの子として来る王、イエス・キリストです。

イザヤ53:5「彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。」

十字架によって、罪の裁きがキリストに下りました。 

十字架によって、主イエスは罪と悪の力に勝利されたのです。

私たちの希望は、帝国でも文明でもなく、イエス・キリストです。

結論

私たちは、歴史を支配し、自分の人生を治めておられる主イエスを信頼しているでしょうか?それとも目に見えるもの、何か強そうに見えるものに頼っていないでしょうか?

国々は揺れます。文明は滅びます。しかし、神の国は決して揺るぎません。

歴史の主はイエス・キリストです。主イエスに希望を置いて歩んでいきましょう。

Filed under: 和田一喜牧師