15.03.29

イエス様のとりなしの祈り

ルカ23:33-34

十字架は元々残酷で忌まわしいものでした。その忌まわしい十字架にイエスキリストがかかられたのです。そのときの苦痛と悲しみはすさまじいものだったことでしょう。しかしイエス様は、その十字架の上で、人々のために「彼らをお赦しください」と祈られたのです。いったいなぜこのような祈りをされたのでしょうか。

1.イエス様は私たちが永遠の滅びから救われることを願っておられる

イエス様は何の罪もないのに十字架にかけられました(ルカ23:13-25)。
しかし、このような罪深い人間たち、つまり、滅びゆく魂をイエス様は憐れみ、ご自分が身代わりとなることで救おうとなされました。
イエス様は罪人を招いて救うために地上に来られたのです(マルコ2:17)。
罪人の罪が赦されなければ、父なる神様との永遠の断絶となり、滅びに至るからです。それは永遠の苦しみであり、あまりにも悲惨なのです(イザヤ66:24)。
イエス様を信じれば私たちは滅びることはありません。イエス様を信じましょう(ヨハネ3:16)。

2.イエス様は私たちが父なる神様と親しい交わりを持つように願っておられる

イエス様は私たちと父なる神様との間を取り持って、私たちが父なる神様と和解できるようにしてくださいました(エペソ2:16、ローマ5:10)。
父なる神様は私たちを愛しておられます(Ⅰヨハネ4:10、ローマ5:8)。
イエス様の贖いにより、私たちは赦され、父なる神様と和解し、アバ・父と呼び(ローマ8:15、ガラテヤ4:6-7)、
大胆に聖所に入り(へブル10:19)、
主の御前に進み出て(エペソ2:18)、
父なる神様を賛美し、祈りましょう。

3.イエス様は私たちが義のために生きるようになることを願っておられる

イエス様を十字架にかけた人々は、イエス様が何の悪いこともしていないのに怒り狂って十字架へとけしかけました。
そんな悪い人々でしたが、これが人間の姿であり、私たちのかつての姿でした(エペソ2:1-5)。
しかし、イエス様の犠牲により、私たちは救われ、義とされました(ローマ3:23-24)。
イエス様による救いは、私たちの罪を赦すだけでなく、私たちが義のために生きるためでもあります(Ⅰペテロ2:24)。
私たちが救われたのは、良い行いに励む者となるためです(エペソ2:8-10)。神様に喜ばれる歩みをしましょう。

イエス様が苦しみの中から私たち罪人のために祈られました。
イエス様は私たちが救われ、父なる神様と親しい交わりを持つようになり、義のために生きる者となることを願っておられます。