180225

エサウの失敗

創世記25:29-34

イサクの息子、エサウとヤコブとでは、長子の権利に対する態度がまったく違っていました。エサウは大変肉的で、神様の祝福の約束を軽んじる人でした。今日はエサウの失敗を通して、私たちが人生の失敗をしないように、そして永遠のいのちを失わないようにするにはどうしたらよいかを学びましょう。 

1.神様から与えられた祝福こそ本当に価値がある

エサウがへとへとに疲れて、野から帰ってきたとき、弟のヤコブがおいしそうな豆料理を作っていました。エサウがそれを食べたいと言うと、ヤコブは長子の権利と引き替えに与えるというのです。そこでエサウは、長子の権利など今の自分には役に立たないと言ってヤコブに与え、代わりにそのおいしい料理を食べて満足して立ち去りました。

長子の権利とは、父から受け継ぐ2倍の相続財産であるだけでなく、神様からの祝福の約束であり、先祖アブラハムにも与えられた「あなたを祝福する者は祝福され、呪う者は呪われる」という霊的祝福であり、また27章のヤコブの祝福では、地上での豊かな恵みや国々の上に立つことも含まれている、神様によって与えられる祝福です。人間にとって最も価値あるものです。この世の財産はやがて価値がなくなったり、盗まれたり、使い切って無くなったりしますが神様の祝福は永遠に続く価値あるものです(マタイ6:19-20)。

私たちも信仰によってアブラハムの子孫とされ、アブラハムの祝福を受け継ぎ(ガラテヤ3:7)、キリストを信じることによって永遠のいのちをいただいています(ヨハネ3:16)。また、神様の子供とされる特権も与えられています(ヨハネ1:12)。そして、この神様から与えられた救いの約束は、イエス様が帰ってこられたとき完成するのです。それはもうすぐかもしれません。その日まで、しっかりと救いの確信を持ち続けてゆきましょう(へブル10:35、3:14)。

2.肉の欲に気を付けよう

しかし、エサウは肉欲にかられ、こんなに価値のある神様の祝福を売ってしまいました。聖書ではエサウのような肉的な人を俗悪な者と言っています(へブル12:16-17)。

肉の行いとは、不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです(ガラテヤ5:19-21)。長年、立派なクリスチャンであったとしても、いつの間にか、このような肉欲に心が奪われ、信仰が失われてしまったらどうなってしまうのでしょうか。信仰的なクリスチャンたちがイエス様によって天に引き上げられるとき、残念な結果になるかもしれません(ローマ11:22-23へブル6:4-610:26-29)。

また、ヤコブの豆料理はとてもおいしそうで、エサウは欲しくてたまらなくなってしまい、「赤いのを食べさせてくれ」と頼みました。この時からエサウは「赤い」を意味するアドムから、エドムと呼ばれるようになりましたが、同時にこれは「人間」を意味するアダムという意味でもあります。私たちが人間的な幸せばかりを追求して、神様のみこころを求めようとしないなら、それはエサウのようであり、肉的な人であり、神様に敵対しているのです(黙示録13:18)。

食べ物が必要だったことはわかります。しかしそのために一番大事なものを失っては何にもなりません。あるクリスチャンは、仕事が忙しいとか、様々な理由で教会から離れ、神様から離れ、信仰を失ってしまいました(へブル10:25)。しかし、神様を第一とするなら、必要なものは与えられるのです(マタイ6:33)。

3.神様の力を受けるため、日々祈り続けよう

私たちの信仰が守られるためには、祈りと教会が大事だと思います。
悪魔が様々な誘惑によって私たちを惑わしてきます。しかし神様の力、聖霊の力により勝利できるのです。誘惑に陥らないように、祈り続けましょう(マタイ26:41Ⅰテサロニケ5:17ローマ12:12)。私たちはいつも聖霊によって祈り、兄弟姉妹のために祈り続けていくことが大切です(エペソ6:18)。

また、私たちの信仰が守られるためには、兄弟姉妹の励ましが必要です。教会に集い、ともに礼拝し、祈り合い、励まし合いましょう(へブル10:25)。

私たちは、様々な誘惑から守られ、最後まで信仰を守り通し、ともに素晴らしい神様から約束された祝福を受ける者となりましょう。そのためには神様の力、聖霊の力が必要です。互いの信仰のために祈り合い、ともに信仰の火を燃やし続けて歩みましょう。

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