200223

今日はクリスチャンにとって最も大切な信仰について学びましょう。カインとアベルはどんな思いで主にささげものをしたのでしょうか。神様を喜ばせる信仰は何かを学びましょう。

1.信仰によって神様に喜ばれるささげものをしよう

カインとアベルは神様にささげものをしました。それは神様への礼拝であり、神様に対する信仰の現れでした。ささげものをしなければ信仰は見えないのです。カインは地の作物から主へのささげものをもってきました。アベルは「家畜の群れのなかから肥えた初子」(原語)、つまり最上の子羊をささげました。

アベルのささげものは信仰によってささげられました(ヘブル11:4)。アベルは完全に神様に信頼し、真の信仰をもって神様に子羊をささげたのです。それは不思議な神様の導きによって、神の子羊であるイエスキリストによる犠牲を意味するものでした。イエスキリストこそ完全な犠牲であり、その血によって人類の罪を贖われました。その犠牲を意味するのがアベルのささげものでした。神様はアベルのささげものに目を留められました。

カインは後の神様との会話やアベルを殺したことからもわかるように(創世記4:6-9)、彼には神様への真実な信仰がありませんでした。神様は心を見られます(Ⅰサムエル16:7)。信仰がないなら、そのささげものも喜ばれません(箴言15:8、21:27)。カインのささげものは信仰のない形だけのだったので、神様は彼のささげものに目を留められませんでした。

信仰のないささげものは受け入れられません。私たちはまず神様を信じ、神様に対する完全な信頼をもちましょう。そうすれば喜んでささげることができるでしょう。神様は私たちの信仰を喜んでくださいます(ヘブル11:6)。

私たちクリスチャンは神様に礼拝をささげ、人生をささげます。神様を完全に信頼する真の信仰をもって、自分自身を神様にささげましょう。その信仰を神様が喜ばれるのです(ローマ12:1)。

2.信仰によって主の戒めに聞き従おう

カインは真の信仰がなかったために、ささげものは神様に受け入れられませんでした。しかも弟のささげものが神様に受け入れられたので、ひどい妬みにかられて怒り、心を閉ざしてしまいました。

このとき、神様はカインに反省を促し、戒められました(創世記4:6-7)。しかしカインの心には信仰がなかったので、聞く耳がなく、妬みを抑えず、弟を殺してしまいました。その結果、彼は生涯にわたって呪われてしまいました。地を耕しても作物が育たず、人々から嫌われ、悲しい人生を送ることになりました。

神様からの戒めや叱責は真摯に受け止め、素直に聞き従うことが大事です。聞き従うことは、どんないけにえより価値あることなのです(Ⅰサムエル15:22)。

私たちは聖書の中から祝福のことばだけを受け取るようなことをせず、私たちを戒めることばに目をとめ、素直に聞き従うことが大切です。それこそ真の信仰なのです。

3.信仰ある者が勝利者となる

アベルには真の信仰があり、神様に素晴らしいささげものをしたのですが、信仰のないカインによって殺されてしまいました。正しい人が死んで悪い人が生き残りました。なんて不条理な世の中かと思うことでしょう。しかし、カインは呪われ、彼の子孫は後の大洪水で途絶えてしまいました。カインは決して勝利者ではないのです。

しかし、アベルは真の信仰によって義と認められ、神様の御もとにあり、そのすばらしい信仰によって、今も私たちに語り続けているのです(ヘブル11:4)。アベルこそ最後まで信仰を守り通し、主に仕え続けた信仰の勝利者なのです(Ⅰヨハネ5:4-5)。私たちも真の信仰をもって勝利の人生を送りましょう。

 

 

人生は長く生きることが大事ではなく、短くとも最後まで真の信仰をまっとうすることが大事です。アベルは真の信仰によって神様に喜ばれるささげものをしました。それで彼は義と認められ、今も語り続けています。私たちもアベルのような真の信仰をもって、神様に喜ばれるささげものをしていきましょう。信仰により礼拝をささげ、時間をささげ、奉仕をし、自分をささげ、生涯をささげていきましょう。