出エジプト3:7-12, 5:1-6:13, 7:1-7

260222

神は私たち一人ひとりに素晴らしいご計画を持っておられます。神が一人ひとりに用意しておられる場所とか役割とか状態になるとき、最も有意義な人生をもつことができることでしょう。しかし、現実には自分が最悪の状況に置かれている場合があります。そんなとき、どのようにしたらよいのでしょうか。エジプトで奴隷として困難な生活を強いられていたヘブル人たちの話しから学びましょう。

1. 神は私たちのために素晴らしい土地を用意しておられる

かつて飢饉のとき、ヤコブは家族を飢えから救うためにエジプトに移住しました。しかし、神の御心は、ヤコブの子孫たちを強く大きな国民にすることでした(創46:2-3)。ヤコブの子孫は次第にエジプトで苦役を強いられるようになりました。しかし、彼らは苦しめれば苦しめるほど強く増えていきました(出1:12)。苦しめられているヘブル人たちの叫びは神に届きました。そこで、神はヘブル人たちをエジプトの奴隷生活から救ってカナンの地に導くために、モーセを遣わしました(出3:7-10)。

カナンの地は彼らの所有として神から与えられている場所です。彼らがそこで神の国を造っていくことが神の御心です。エジプトでレンガを造り、ファラオのために町を造るよりも、カナンの地で神のために国を造るほうがもっと有意義なことです。

私たちもそれぞれ自分の職場で苦労して働いているかと思います。苦労することも、自分自身の成長のためにはよいでしょう。しかし、それはゴールではないのです。神が私たちのために特別に用意しておられる場所があるのです。一人ひとりにご計画があるのです(エレミヤ29:11)。神は私たちが所有すべき場所へと導いておられます。神の導きに応えて、私たちも新しい一歩を踏み出しましょう(申命記1:6-8)。

2.約束の地に行くためには神が遣わした者に従う必要がある

モーセは神の言葉に従ってファラオのところに行き、エジプト人を旅立たせるようにと言いました。しかし、ファラオはヘブル人を行かせないだけでなく、レンガ造りに必要な藁(わら)を与えるのをやめ(出5:6-14)、しかもこれまで通りのレンガを造れなければ打ちたたきました。悪いのはファラオであることは確かです。しかし、ヘブル人たちはモーセとアロンに対して悪態をつき、悪く言いました(出5:20-21)。

私たちは神の導かれる約束の地に行きたいと思うでしょう。そのために必要なのは、神が遣わした者に従うことです。それは神の御子イエスです。聖書を学び、主の教えに従って生きることが大切です。

自分の自由に生きるなら、一番楽でしょう。しかし、主の御言葉に従って生きることは、多少の苦労がついてきます。「楽に生きるために約束の地に行きたい」と考える人には、主に従うことは難しいことです。約束の地に行くためには、イエスに従って歩むことが大切です。

3.約束の地は神の山で礼拝することの向こう側にある

ヘブル人が約束の地に行くために必要なことがもう一つありました。彼らはホレブの山で神を礼拝し、神に仕えなければならなかったのです(出3:12)。約束の地はその向こう側なのです。

私たちは神に自由と楽な生き方を求めても、神は私たちを礼拝へと導かれます。神を礼拝するために、共に集まることは、面倒に感じるかもしれませんが、神の山である教会で礼拝をささげていくことが大切なのです(ヨハネ4:23-24)。

もし可能なら、平日にも祈り会などに来て主を礼拝しましょう(ヘブル10:25)。神への礼拝をなおざりにして、約束の地には行けません。自力では無理です。やはり、私たちは神を礼拝することを生活の中心に置きましょう。そうすれば、主は私たちのために用意しておられる約束の地へと導いてくださるのです。

まとめ

神は私たちのために立てている計画があり、約束の場所があります。その地にいくために必要なことは、イエスに従うことです。聖書を学び、御言葉に従いましょう。また礼拝を大事にしましょう。週一回の礼拝だけでなく、可能なら祈り会でも礼拝しましょう。そのような歩みによって、私たちは約束の地へと導かれるのです。

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