23.5.14.

旧約聖書を代表する偉大な指導者はモーセです。モーセの母親は「ヨケベデ」です(民26:59)。ヨケベデは、どのような女性、母親だったのでしょう。

1.愛の人

ヤコブと子どもたちは、飢饉を逃れてカナンの地からエジプトに移り住み、エジプトで増え広がりました(出1:1)。そのため、エジプト人はイスラエル人に対して恐れを抱き(1:9-10)、イスラエル人たちを重労働で苦しめるようになりました(1:11)。しかし、イスラエル人たちは、苦しめられても益々増えていったのです(1:12)。そこで、エジプトの王パロは、イスラエル人に生まれた男の子はナイル川に投げ込まなければならないという命令を出しました(1:22)。そのような時に、モーセが生まれました。

モーセの母ヨケベデは、モーセが生まれた時、エジプト王パロの命令に背いて、3ヶ月間モーセを隠していました(2:2)。それは、モーセが可愛らしい赤ん坊であり、心からモーセを愛していたからです。パロの命令に背けば、自分も罰せられるでしょうが、ヨケベデは恐れませんでした。たとえ自分の命が奪われることなっても、必死にモーセを守ろうとしたのです。それは、ヨケベデがモーセを心から愛していたからです(Ⅰヨハ4:18)。母親は、子どもの最善を願うものであり、子どものためならどんな犠牲でも払います。母親の子どもに対する愛は、犠牲的な愛であると言えます。

母親の子どもに対する愛は、神の愛に近い愛と言えます。神は、神から離れ、神に背を向けて、罪の中を自分勝手に歩んでいる人間を愛し、その人間を救うために、御子イエス・キリストをお与え下さり、御子イエス・キリストの命を十字架の上で犠牲としてささげて下さったのです。ここに、私たちに対する神の愛が示されました(ヨハ3:16ロマ5:6-8Ⅰヨハ4:9,10)。人を生かし育てるのは愛です。しかし、私たち人間の愛には限界があります。だから、私たちには神の助けが必要です。神の愛に満たされることが必要です。そして、神の愛は、聖霊によって私たちに注がれるのです。ロマ5:5

2.知恵の人

ヨケベデは、モーセを隠そうとしましたが、ついに隠しきれなくなってしまいました。その時、ヨケベデは「パピルス製のかごを手に入れ、そこに瀝青と樹脂とを塗って」(2:3)、モーセのために特製のカゴを作りました。そのカゴは「瀝青と樹脂」によって防水加工されていたので、川に流されても沈みません。ヨケベデは、知恵に満ちていた人でした。ヨケベデは、その知恵によって、モーセを守り育てたのです。

人を生かし、育てていくためには、愛情とともに、知恵も必要です(箴4:6)。母親は、知恵を用いて家族のためになることをします(箴14:1)。箴31:10-31には、知恵深いしっかりした妻また母について書いてあります。知恵深いしっかりした妻また母は、自分の家をしっかり管理し、家族の面倒を見ます。彼女は自分の夫を立て、夫に従い、夫を支えます。また、子どもたちにもちゃんと食事を与え、衣服も与え、よく世話をして養い育てます。これは、古くて硬い考え方、差別だと思われるかもしれませんが、実はこれこそが聖書が教えている妻また母としての役割なのです。それは、喜びであり、それによって家庭は祝福されるのです。

私たちに必要な知恵は、人間の知恵ではなく、神の知恵です。神の知恵は、神を恐れるところから来ます(箴9:10)。私たちが神に知恵を求める時、神は私たちに知恵を与えて下さいます(ヤコ1:5)。

3.信仰の人

ヨケベデは、モーセが入れられたカゴをナイル川に流しました。しかし、ヨケベデは諦めたのではなく、信仰によって行動したのです(へブ11:23)。ヨケベデは、神がモーセを必ず救い出して下さると信じ、モーセを神の御手に委ねました。モーセがどのように助け出されるかは分からなくても、神に信頼したのです。

そして、モーセは不思議な方法で救い出されました。モーセの入ったカゴは、ちょうど水浴びに来ていたパロの娘に見つけられました(2:5,6)。モーセの姉ミリヤムは、パロの娘がモーセを憐れんでいる姿を見て、とっさにモーセの母ヨケベデを乳母として連れて行ったのでした。こうして、神の不思議な導きによって、モーセは、自分を殺そうとしたパロの元で、安全に母によって養われることになったのです(2:7-9)。

ヨケベデは、自分のもとでモーセを養い、育てることが出来ました。その際に、ヨケベデは、モーセに神や信仰について教えたのではないかと考えられます。ハンナもサムエルを乳離れするまで自分のもとで養い、育てました(Ⅰサム1:21-28)。やがて、サムエルが乳離れすると、ハンナはサムエルを神にささげました(Ⅰサム1:28)。育児の最終的目標は、子どもを神のもとに導き、神の働き人としてささげることです。

子どもは母親といる時間が長く、子どもの信仰や霊性は母親から影響を受け易いです。

パウロは、テモテの信仰が、母ユニケと祖母ロイスから引き継がれていると言っています(Ⅱテモ1:5)。テモテの内には「純粋な信仰」が宿っていました。母親の内に宿る信仰が、子どもの内にも宿るようになるのです。子どもたちは、母親の乳と共に御言葉の乳を飲んで育つのです。

 

ヨケベデは、愛と知恵と信仰をもって、モーセを育てました。たとえ子育てが終わっていても、たとえ子どもがいなくても、たとえ結婚していなくても、私たちは誰かの霊的な親になることができるのです。ペテロは、マルコのことを「私の子マルコ」(Ⅰペテ5:13)と呼び、パウロは、テモテのことを「愛する子テモテ」(Ⅱテモ1:2)と呼びました。私たちも、ヨケベデのように、愛と知恵と信仰をもって、誰かを育て、神に用いられる偉大な器を生み出す者とならせていただきましょう。

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