16.1.24.

御名があがめられるように

マタイ6:9

主の祈り」の中で一番最初の祈りは「御名があがめられますように」です。
私たちが第一に求めるべきことは、自分たちの必要が満たされたり、
自分たちの問題が解決されることではなく、「御名があがめられること」なのです。

御名」とは、単なる神様の名前ではなく、神様ご自身を現す言葉です。
ユダヤ人たちは「ヤハウェー」という神様の名前が聖なるものであったので、
神様の名前を軽々しく呼ぶことを避けて来ました。出エジプト20:7
そこで、神様の名前を直接使わずに、「御名」という言い方で神様を呼ぶようになりました。

御名があがめられますように」という言葉は、そのまま単純に理解すると、
神様をほめたたえること」、「賛美すること」、「礼拝すること」と考えてしまいます。
しかし、これは新約聖書の原語であるギリシャ語では、特別な意味の言葉となっています。
基本形の「あがめる」は「ハギアゾー」といい、
聖別する」、「聖め分かつ」、「聖なるものとする」という意味です。
それは、「特別に聖いものとして他のものとは区別する」ということです。
ですから、「御名があがめられますように」とは「神様が聖なるものとされますように」、
神様が聖なる方として、他の何ものからも完全に区別されますように」、
すなわち「神様が神様とされますように」ということです。

しかし、自分の都合に合った神様のイメージを造ってしまっていることはないでしょうか。
神様のことを「自分の願いを常に実現する存在」、「自分の欲しいものを何でも与える存在」、
自分に幸せだけをもたらす存在」と考えてしまってはいないでしょうか。
それは、自分の中で本当の神様でないものを神様としてしまっているということです。
それは、偶像礼拝と同じで、神様を汚してしまっていることになるのです。
私たちは、知らず知らずの内に、神様を神様として認めず、
神様でないものを神様としてしまっていることはないでしょうか。

神様を自分にとって便利なロボットのように考えるということは、
神様中心の信仰ではなく、人間中心(自分中心)の信仰です。
その人にとって大切なのは、神様の御心、願い、喜び、ご計画ではなく、
常に自分の思い、願い、気持ち、計画、権利、利益、都合なのです。
つまり、自分が全ての中心になっているのです。
それは、自分を神様としてしまっているということです。
それは、偶像礼拝の罪であり、神様が最も嫌われることです。

神様を聖なる方として、他の何ものからも完全に区別する」、
神様を神様とする」ということは、十戒で語られていることでした。出エジプト20:1-4
神様から離れてしまった人間は、自己中心で、
自分の都合に合った便利な神様のイメージを自分のために勝手に造ってしまうのです。
しかし、聖書は、神様が人間をご自身のイメージに造られたと言っています。
いつの間にか、自分にとって都合の良い神様のイメージを造り上げ、
人間中心の間違った信仰を持ってしまってはいないでしょうか。

御名があがめられますように」というのは、
単なる礼拝のことなのではなく、私たちの歩むべき生き方です。
つまり、私たちは「御名があがめられ」る生き方をしなければならないということです。
私たちは「神様を神様とする」生き方をしているでしょうか。
もし、神様の権威の下にへりくだらず、神様の御言葉に従って歩まず、
常に自分の思い、願い、気持ち、計画、権利、利益、都合を優先するのであるなら、
それは自分を神様とすることであって、人間中心の信仰です。
御名があがめられ」るような生き方、「神様を神様とする」生き方ではありません。
御名があがめられますように」という祈りは、
私たちが神様を信じる者として相応しい生き方をしているかが問われる祈りなのです。

御名があがめられますように」と祈っているのに、
私たちが「御名があがめられ」る生き方をしないのなら、証になりません。
御名があがめられますように」と祈っているなら、
そのような生き方しなければならないのです。
そして、私たちが「御名があがめられ」るような生き方をする時に、
私たちの周りの人たちがそれを見て、「御名があがめられ」るようになるのです。マタイ5:16

自分のお願い事を神様の前に述べ立てるだけではなく、
神様に不平不満を訴えるだけでもなく、「御名があがめられますように」と祈りましょう。
自分の中で本当の神様でないものを神様としてしまうことのないようしましょう。
神様のことを「いつも自分に都合の良い事をしてくれる存在」と考え、
常に自分の思い、願い、計画、利益が実現することだけを求めるのではなく、
「神様を聖なる方」また「神様を神様」として、御心の実現を求めるのです。
そして、そのような生き方をするのです。
どのような時にも、神様を神様とし、神様に栄光が帰される生き方をしましょう。
御名があがめられますように

Filed under: 伊藤正登牧師