16.12.25

東方の博士ら
―――神様を尋ね求める人生―――

マタイ2:1-12

救世主、メシヤ(キリスト)が約2000年前、ユダヤのベツレヘムに御降誕されたとき、東方の博士らが、星によってそのことを知り、メシヤを礼拝するために、長い旅に出ました。博士らのその決断から私たちが見習うべきことは何でしょうか。

1.私たちの人生の目標はイエス様

博士らは、ユダヤ人の王の誕生を星によって知りました。彼らはバビロンの知者、天文学者・占星術者たちであったと思われます。そのバビロンは、かつてユダヤ人が捕囚となった地であり、当時、預言者ダニエルがバビロンの知者たちの長官(ダニエル2:48)となっていた地でしたから、彼らは旧約聖書のダニエル書やイザヤ書などのユダヤの預言書を読み、研究していたことでしょう。そのため、このユダヤ人の王とは、単なる地上の王ではなく、預言されていた「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」(イザヤ9:6-7)のメシヤであることを知り、ぜひそのメシヤにお会いして、礼拝し、贈り物をささげたいと思ったのでしょう。

私たちも、この博士らのように、イエス様に会って礼拝をささげたいという一途な気持ちを持ちましょう(詩篇27:8、詩篇42:1、エレミヤ29:12-13)。イエス様は世の光です(ヨハネ8:12)。闇に輝く星であり、私たちの希望です。

2.イエス様を求めて生活を変えよう

博士らは、イエス様にお会いするため、一大決心をして、旅に出ました。旅は何かと不自由に感じるものですが、私たちの地上の歩みは旅なのです(へブル11:13-16、詩篇119:19)。心の一心によってイエス様を求める生活に変えましょう(ローマ12:2、詩篇119:59)。

イエス様を求める生活というのは、イエス様を第一とすることであり、主との交わりを大事にする生活です。日々の祈りや、教会での礼拝を中心にする生活です。

また、旅の目標を失ったら旅人は迷ったり死んでしまったり、旅が中断したりします。常に目標のイエス様から目を離さないことが大事です(へブル12:2)。主のための活動であっても忙しくしている間に主との交わりが薄れてしまうことのないようにしましょう。

3.イエス様を求めるならみことばを学ぼう

博士らははるばる旅をしてエルサレムのヘロデ王のところまで来ました。博士らはミカ書を読んでいなかったようで、ユダヤ人の王はエルサレムの宮殿でお生まれになると思っていたようですが、そうではなく、キリストはベツレヘムで生まれる(ミカ5:2)という、神様のみことばを教えてもらいました。こうして博士らはベツレヘムに向けて旅を続けました。

神様を求めて生きるためには、みことばを学ばなければなりません。そうしないと目的地に辿り着くことができないのです。正しく歩むためには、神様に対する熱心さだけではなく、知識も必要です(箴言19:2)。神様は私たちをいろいろな方法で導かれますが、私たちがみことばに従うことは最も大事なことであり、生きる道なのです(詩篇119:105、マタイ4:4)。

このようにして博士らはメシヤを尋ね求め続けたとき、星が現れ、イエス様のところに導いてくれました。

私たちの人生の目標はイエス様です。そのために、主との交わりを中心とした生活をし、主のみことばに従って生きるなら、主もまた私たちに近づいて下さり、主とお会いすることができるのです。主はこのような者たちのために、平安を与え、将来と希望を与える計画をもっておられるのです(エレミヤ29:11-14、ヤコブ4:8)。

<聖書箇所>

詩篇119:19 私は地上では旅人です。あなたの仰せを私に隠さないでください。

詩篇119:59 私は、自分の道を顧みて、あなたのさとしのほうへ私の足を向けました。

詩篇27:8 あなたに代わって、私の心は申します。「わたしの顔を、慕い求めよ」と。
主よ。あなたの御顔を私は慕い求めます。

詩篇42:1 鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。

ヤコブ4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。罪ある人たち。手を洗いきよめなさい。二心の人たち。心を清くしなさい。