マタイ21:12-17

2025.11.2

1. イエスが回復された「祈りの家」 12,13節 

当時、神の宮である神殿が、この世の欲望によって汚されていました。人々は神殿で、商売をして金儲けをしていたのです。イエスは何度もこのような状況を目にしていたことでしょう。ある時、イエスは、激しく怒って、神殿を清められました(12節)。        彼らを追い出し、台を倒し、そして彼らに言われました。「『わたしの家は祈りの家と呼ばれる』と書いてある。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている。」(13節) これは、イザヤ書56章7節「わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。」の引用です。イエスは私たちにも祈って欲しいと願っておられます(マタイ26:38)

2. 祈りの家が「奇跡の家」になる 14節

イエスは宮を清められましたが、宮が清められた直後に何が起こったでしょうか?                             癒しの奇跡が起こったのです。「宮の中で、目の見えない人たちや足の不自由な人たちが、みもとに来たので、イエスは彼らを癒された。」(14節)

これは偶然起こったことではありません。祈りの家が回復された結果、癒しの奇跡が起こったのです。祈りによって霊的な雰囲気が整うとき、神の力が流れ始めます。                    神は、祈りを通して働かれます。祈りは、神と人を結び、天と地を結びます。       人にはできないことが、神にはできます。神は不可能を可能にします。          

奇跡の家が「賛美の家」に変わる 15,16節

子供たちはイエスによる癒しのみわざを見て、心から賛美を捧げました。

「宮の中で子どもたちが『ダビデの子にホサナ!』と言って叫んでいた。」(15節)         「ホサナ」とは、「救ってください」という祈りの言葉です。同時に「救いが来た!」という賛美の言葉でもあります。彼らは誰かに教えられたわけでもなく、自然に賛美があふれ出たのです。なぜですか?驚くべき神のみわざをこの目で見たからです。

ところが、祭司長や律法学者たちはそれを見て腹を立てました(15節)。
形式的な信仰にとらわれた彼らには、子供たちの純粋な賛美が理解できませんでした。

イエスは彼らに言われました。「『あなたは幼子と乳飲み子たちの口に賛美を用意された』とあるのを、読んだことがないのですか」(16節)。これは詩篇8篇2節の引用です。  

 

今日の箇所から見えてくるのは、神の家(教会)における三つの流れです。    

祈りの家⇒奇跡の家⇒賛美の家

1.祈りの家  ― 神との関係(神との交わり)が回復されます。                                2.奇跡の家 ― 祈りを通して、神の力が働きます。奇跡が起こります。                                       3.賛美の家 ― 神の奇跡を体験した時、心からの賛美が生まれ、神の栄光が現れます。

 

教会は「祈りの家」です。祈りが奇跡を生み、奇跡が賛美を生むのです

主イエスはあなたを祈りへと招いておられます。

Filed under: 和田一喜牧師