25.7.6.

人生には様々な問題や困難が起こる。それらに対してどのように戦い、勝利することが出来るのか。ユダの王ヨシャパテがモアブ人とアモン人がユダに攻めて来た時にどのように対処したかを通して学ぼう。

1.主を呼び求める

ヨシャパテは、南ユダ王国の第4代目の王。35歳で即位し、25年間、南ユダ王国を治めた(20:31)。ヨシャパテは、神を求め、御言葉に従って歩んだ良い王であった(17:4)。主はヨシャパテと共にあり(17:3)、ユダ王国は力強く建て上げられ、繁栄した(17:5)。しかし、「モアブ人とアモン人」が「ヨシャバテと戦おうとして攻めて来た」(20:1)。その連合軍は「おびただしい大軍」(12)であった。その時、ヨシャバテは、「ただひたすら主に求め、ユダ全国に断食を布告した」(3)。ヨシャバテの呼びかけに応答し、「ユダの人々は集まって来て、主の助けを求めた」(4)。そこには「彼らの幼子たち、妻たち、子どもたちも共に」(13)集った。こうして、ヨシャバテとユダの人々が、主の前に出て、主を求め、助けを祈り求めた。

実は、この時、南ユダ王国には、116万人の戦士たちがいた(17:13-19)。その軍事力に頼って、「モアブ人とアモン人」の連合軍に立ち向かうことも出来た。また、南ユダ王国は、北イスラエル王国とも同盟を結んでいたので(18:1)、北イスラエル王国に助けを求めることも出来た。しかし、ヨシャパテと南ユダ王国の人々は、自分たちの力に頼らず、他の人たちにも頼らず、主だけを頼り、ひたすら主を求めた。

私たちは、目に見えない神に頼るよりも、自分の知恵や力、人などに頼ってしまいがち。

しかし、主こそ、私たちの力、助け。困難な状況にある時、主は私たちにご自身を呼び求めるよう呼びかけておられる(詩50:15)。

2.主に祈る

ヨシャパテは、さらに主に祈った。彼はどのように祈ったのか。

① 主の偉大さを覚えて祈った(20:6)

ヨシャパテが目を向けたのは主の偉大さであり、目の前の問題ではなかった。私たちも、主がどのように偉大なお方であるのか、主に信仰の目を向けて祈る。私たちが主に信仰の目を向けて祈り始める時、主に対する信仰が沸き起こって来る。

② 主の約束に基づいて祈った(20:7)

ユダの地は、主がアブラハムと彼の子孫とに与えた約束の地であった。しかし今、敵が約束の地を奪い取ろうとしていると訴えた。さらに、ヨシャパテは、ソロモンが神殿を奉献する時の祈りを思い起こした(Ⅱ歴6章)。主に呼ばわる時、主が救って下さるという約束を根拠に、主の救いを求めた(20:8-9)。御言葉の中には主の約束が沢山記されている。主の約束に基づいて祈ることが出来る。

③ 主の正義にさばきを委ねた(20:10-11)

かつて、イスラエル人たちがエジプトから脱出して来た時、アモン人やモアブ人たちを滅ぼすことはしなかったのに、今彼らはイスラエルを滅ぼそうとしていると訴え、主の正しい裁きを求めた。

④ 主の前にへりくだって(20:12)

最後に、ヨシャパテは、自分の無力さを認め、主の前にへりくだって助けを求めた。

私たちは、主だけ信頼し、祈らなければならない。Cf.詩118:6-14。ヨシャバテは、祈ることが、最大の武器であることを知っていた。

3.主を賛美する

ヨシャバテとユダの人々が祈っていると、「主の霊」がヤハジエルに臨み(20:14)、主からのメッセージを伝えた。「あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。」(20:15) 「この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる主の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。主はあなたがたとともにいる。」(20:17)

これを聞いて、ヨシャバテとユダの人々は、「主の前にひれ伏して主を礼拝し」(20:18)、「レビ人たちが立ち上がり、大声を張り上げてイスラエルの神、主を賛美した」(20:19)。そして「翌朝早く」(20:20)、ヨシャバテとユダの人々は出陣した。ヨシャパテは、「武装した者たちの前に」、「主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した」(20:21)。これは、常識的には考えられないような方法だった。しかし、この戦いが自分たちの戦いではなく、「神の戦い」であることを表すものだった。「賛美する者たち」は歌った。「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」(20:21) 私たちも、自分の置かれている状況、目の前の問題に目を向けるのではなく、主に信仰の目を向け(フォーカスを当て)、主の恵みに感謝し、賛美をささげる。

「彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。」(20:22) 彼らは「互いに力を出して滅ぼし合った」(20:23)。ヨシャパテとユダの人々は、見ていただけで、戦うことも、何もしなかった。「主はイスラエルの敵と戦われ」(20:29)、大勝利を与えて下さった。主を賛美することは、霊的な戦いにおいて、大きな武器となる。なぜなら、賛美の中に、主が臨在されるから(詩22:3)。

 

大切なことは、主に信頼して勝利を得るということ。問題や困難の中でも、まず第一に主を呼び求め、主に祈ろう。主の偉大さを覚え、主の約束に基づき、主の正義に訴えて、主の前にへりくだって祈ろう。そして、信仰をもって主に感謝し、主を賛美しよう。主は私たちと共にあり、様々な戦いの場面で戦って下さり、勝利を与えて下さる。

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