17.12.24

御告げを受けた羊飼いたち

ルカ2:8-20

イエス様が家畜小屋にご降誕されたとき、近くの野原で羊の番をしていた羊飼いたちの前に御使いが現れ、神様を賛美し、救い主のご降誕を知らせてくれました。

羊飼いたちはその御告げを聞いて早速捜しに行き、ついにみどりごイエス様を見つけました。そしてイエス様についてのみことばを分かち合いました。私たちも羊飼いたちの信仰を学びましょう。

1.無に等しい私たちを神様は選ばれた

イエス様のご降誕のとき、ベツレヘムの町にも多くの人々がいましたが、イエス様のご降誕に気づきませんでした。しかし近くの野原にいた羊飼いたちは、御使いたちから救い主のご降誕を告げ知らされたのです。

貧しく地位もなく人々からのけ者にされたような羊飼いたちが知らせを受けました。すべての人が招かれているのですが、応答するのはこの世の取るに足りない者、見下されている者たちです。このような人々を神様は選ばれるのです(Ⅰコリント1:26-29、ヤコブ2:5)。羊飼いたちはへりくだった者、貧しき者、さげすまれた者の象徴なのです。

小さき者、つまらない者であった私たちを救って下さるために、イエス様が来て下さり、私たちを選び、贖って下さり、救って下さいました(ヨハネ15:16)。心から主に感謝しましょう。

2.みことばに応答し、イエス様を求め続けよう

羊飼いたちは御使いのメッセージを聞くと、早速、みどりごの救い主を捜しに出かけていきました。「ベツレヘムで、布にくるまって飼い葉おけに寝かされているみどりご」という、それだけの情報をもとに、ベツレヘムの町に行きみどりごイエス様を捜し当てました。

羊飼いたちは、「ダビデの町で」「飼い葉おけ」と聞いて、町中の家畜小屋を重点的に捜したことでしょう。みことばを注意深く聞き、よく吟味していくと、そのことばの意味が分かってきます。みことばの戸が開くと光が差し込みます(詩篇119:130)。

神様は遠い存在で、自分には見つけられない、捜しても見つからないとあきらめてはいけません。神様を捜し求める者は見つけ出すのです(エレミヤ29:12-14)。

私たちもイエス様を捜し求める信仰が私たちにも必要です。イエス様を求め続けるということは、日々主を心から求めていくことです。また、イエス様を生活の中心として生きることです。すでに信仰年月の長い人も、もう一たび、主を求め続けていきましょう(イザヤ55:6)。

3.みことば、主との出会い、体験を分かち合おう

羊飼いたちは主を捜し当てました。そしてその幼子について告げられたみことばを分かち合いました。そのとき皆は驚きました。それはその告げられたみことばを真剣に聞いて信じたからです。

主と出会うとは、主を信じたときの体験や、祈りが聞かれる体験をしたり、みことばに従ったとき、本当にそれが実現し、主の御業を見たりすることです。主と出会った人は、そのみことばを周りの人々に分かち合い、主との出会いと体験を証ししましょう(使徒1:8)。

羊飼いたちは御使いたちから救い主がお生まれになったことを聞くと、すぐに捜しに行き、ついに見つけ出しました。そこでみことばが真実であったことを分かち合いました。私たちも主イエス様を求め続けましょう。そしてイエス様との出会いやみことばが真実であることの証しを分かち合いましょう。