1. 神はイスラエルの民を小羊の血によって贖い出エジプトさせた。 そして契約を守るなら国々の民の中にあってわたしの宝となる。 わたしにとって祭司の王国、 聖なる国民となるとおっしゃった(出 19:4-6)。 その後20 章で十戒を授けました。 私たちクリスチャンにとっては、 聖霊が下った日です。 25章からは、ご自身が民の真ん中に住むために幕屋の作り方をモーセに告
2.私たちはキリストにあって選ばれた種族、 王である祭司、 聖なる国民、神の所有とされました。 祭司はいけにえをささげる。 全焼のいけにえの祭壇の火を絶やしてはいけない(レビ 6:9,12,13)。 青銅の祭壇は罪に対する神の裁きを意味する。 聖所に置かれた純金の燭台の灯を絶えず灯しておかなければならない(レビ 24:2-4)。 これは私たちにとっては聖霊。民8:2では、7つのともし皿が燭台の前を照らすようにしなさいとある。純金の燭台の前には、 純金のつくえの上に 12個のパンが置かれていた。これはいのちのパンであるイエス、みことばである。
3. 私たちは人の欠点を見ると裁き易い。 それは善悪の知識の木から食べることになる。 それは、御言葉ではなく、 人間の判断に従うということ。なんとかその人を直そうとする。 それは高ぶりである。 イエスは罪の中にいた私たちのために十字架にかかって下さった(ヘブ 10:14,18)。イエスは憐れみ深い大祭司。 キリストはいつも生きていて私たちのために執り成しておられる(ヘブ 7:25)。 私たちは人の罪や欠点を見ても裁かず、憐れみ、 主と全く一つとなって祭司の務めを果たさなければならない。 善悪の知識の木からではなく、いのちの木から取って食べる。 イエスはいのち。私たちは日々きよめられる必要がある(Iペテ1:13-16)。
Filed under: その他の説教者 • 川井佳代子師
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