26.4.19.

イエスは、地上でのご自分の働きを全て終えられ天に帰られた。しかし、イエスが天に帰らず、そのままずっとこの地上に残っていた方が、さらに多くの人々にご自分を現すことが出来て良かったのではないだろうか。しかし、イエスが天に上げられたことには、3つの目的があった。

1.神の右の座で私たちを執り成すため

「主イエスは彼らに語った後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。」(マコ16:19) 「右の座」とは権威を表す位置であり、イエスが「神の右の座に着かれた」ということは、イエスが父なる神から全ての権威を委ねられたということ。マタ28:18。イエスは、全てのものを遥かに超えて高く上げられ、最高の権威を授けられた。「この全能の力を神はキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上でご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、主権の上に、また、今の世だけでなく、次に来る世においても、となえられるすべての名の上に置かれました。」(エペ1:20-21) Cf.ピリ2:6-11。これは、イエスが神の御子としての本来の姿に戻られたということ。

そして、イエスは父なる「神の右の座」で、私たちのために日夜執り成しておられる。「だれが、私たちを罪ありとするのですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、しかも私たちのために、とりなしていてくださるのです。」(ロマ8:34)。イエスを救い主と信じるなら、私たちの罪は赦され、新しく神の子として生まれ変わる。しかし、救われた後も弱さや愚かさによって、失敗したり過ちを犯してしまうこともある。そんな私たちを「告発者」である悪魔は「昼も夜も私たちの神の御前で訴える」(黙12:10)。しかし、イエスは、私たちのために神の前で弁護し、とりなして下さる。イエスは、十字架で「父よ、彼らをお赦しください」(ルカ23:34)と祈られたように、今日も「神の右の座」で私たちのために執り成しておられる。Cf.へブ7:24-25、8:1-2。

イエスが天に上げられたのは、父なる「神の右の座に着き」、「私たちのために、とりなしていてくださる」ためであった。

2.もう一人の助け主なる御霊を遣わすため

イエスは、最後の晩餐の席で、弟子たちに言われた。「しかし、わたしは真実を言います。

わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのです。去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はおいでになりません。でも、行けば、わたしはあなたがたのところに助け主を遣わします。」(ヨハ16:7)。この「助け主」とは、聖霊のこと(ヨハ14:16-17)。イエスは、「もう一人の助け主」である聖霊を与えるために天に帰られた。「もう一人の」とは、「性質の異なる別のもの」という意味ではなく、「性質の同じもうひとつの」という意味。「もう一人の助け主」なる聖霊は、イエスと同じお方であるということ。だから、聖霊が私たちと共におられるということは、イエスが私たちと共におられるということ。

マコ16:19-20には、「主イエスは彼らに語った後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。弟子たちは出て行って、いたるところで福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばを、それに伴うしるしをもって、確かなものとされた」とある。イエスは、「天に上げられ、神の右の座に着かれた」が、同時に、地上で弟子たちと「ともに働き」をしたが、それは聖霊の働きだった。もしイエスが地上に残られたとしも、イエスがおられる場所は一か所に限定されてしまう。しかし、聖霊は霊でから、場所に限定されることはない。イエスは、世界中どこででも、イエスを信じる者と常に共にいて下さる。

このように、イエスが天に上げられたのは、聖霊が私たちに送られるためだった。

3.私たちのために場所を用意するため

最後の晩餐の席で、イエスはこの世を去って、天に行かれると語られた(ヨハネ13:33、37)。動揺する弟子たちに、イエスは語られた。「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんあります。そうでなかったら、あなたがたのために場所を用意しに行く、と言ったでしょか。」(ヨハ14:1-2) イエスがこの世を去って、天の父なる神の元に帰られる目的は、私たちのために「父の家に」「場所を用意」するためだった。「わたしの父の家」とは、「天国」すなわち「パラダイス」と呼ばれる死後の場所。イエスを信じて救われている私たちクリスチャンは、肉体が死んだ後、「パラダイス」(ルカ23:43)に行く。「パラダイス」は、「アブラハムの懐」(ルカ16:22)とも呼ばれる「慰めの場所」。

イエスは「パラダイス」である「父の家」に私たちのために「場所を用意え」しておられる。そして、「場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしがいるところに、あなたがたもいるようにするためです」(ヨハネ14:3)。これは、単に死ぬ時のことでだけではなく、イエスの「再臨」のことでもある。天に上られたイエスは、いつの日か、再びこの世界に帰って来られる。イエスが再び帰って来られる時、既に死んだクリスチャンが先によみがえる。そして、地上に生きているクリスチャンも、一瞬の内に天に上げられる。Ⅰテサ4:16-17。

イエスが天に上げられたのは、「パラダイス」である「父の家」に私たちのために「場所を用意」するためだった。

 

イエスは、今、天の父なる神の右の座におられる。イエスは、私たちのために執り成しておられ、私たちのために聖霊を注がれ、私たちのために場所を用意しておられ、私たちを迎えるために帰って来られる。その時まで、聖霊に満たされて、福音を宣べ伝えていこう。

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