冠を奪われないように(後)
黙示3:7-13
21.10.3.
フィラデルフィア教会にメッセージを語っておられるキリストは、聖なる真実な神であり、天でも地でも全ての権威を持つ王として示されました。フィラデルフィヤ教会は、小さく弱い教会でしたが、迫害の中でも信仰を貫き通す「忠実な教会」であったのです。
1.主からの報い
主は、忠実なフィラデルフィヤ教会に三つの報いを約束されました。
① 誰も閉じられない門が開かれる(10)
聖書では、伝道の機会のことを「門」と呼んでいます(Ⅰコリ16:9。Ⅱコリ2:12。コロ4:3)。ですから、「だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた」とは、フィラデルフィア教会のために、福音宣教のための門が開かれているということです。王として全ての権威を持っている主が門を開いたなら、誰も閉じることが出来ないのです。主は、忠実な者に福音宣教の門を開いていて下さいます。
② 高めて下さる : 迫害者をひれ伏させる(9)
主は、フィラデルフィヤ教会が迫害されていることを知っておられました。そして主は、やがてフィラデルフィヤ教会の方が立場が上になり、迫害者たちをフィラデルフィヤ教会の前に「ひれ伏させ」ると言われました。「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる」(ヤコ4:6)のです。私たちも主の前にへりくだり、全てを主に委ねるのです(Ⅰペテ2:22-23、5:6)。
③ 試練の時に守られる(10)
主は、フィラデルフィア教会に「地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう」(10)と言われました。この「全世界に来ようとしている試練の時」とは「大患難時代」であると言われています。聖書には、大きな患難の時が来ると預言されています(マタ24:21、マコ13:19、ルカ21:23)。「試練の時には、あなたを守ろう」は、「試練の時から、あなたを守ろう」と訳せます。信仰を忠実に守り通した者は、大患難を免れることが出来るのです。Cf. Ⅰコリ10:13。
2.励ましの言葉(11)
① あなたの冠をだれにも奪われないように
主は、フィラデルフィア教会に「あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと持っていなさい」(11)と語られました。この「冠」は、最後まで忠実に信仰を守り通した者に与えられる勝利の「冠」です。フィラデルフィア教会に与えられる「冠」は、スミルナ教会に与えられる「いのちの冠」(黙2:10)と同じものです。すなわち、その「冠」は、「永遠のいのち」、「救いの完成」を表わすものです。聖書には、信仰の勝利者に与えられる「冠」について様々な表現がされています。「朽ちない冠」(Ⅰコリ9:25)、「神の栄冠」(ピリ3:14)、「義の栄冠」(Ⅱテモ4:8)、「いのちの冠」(ヤコ1:12)、「栄光の冠」(Ⅰペテ5:4)等。
② 持っているものをしっかり持っていなさい
主は、テアテラ教会にも同じよう「ただ、あなたがたの持っているものを、わたしが行くまで、しっかりと持っていなさい」(黙2:25)と言われました。「あなたがたの持っているもの」とは、テアテラ教会の「純粋な信仰」です。主は、テアテラ教会が「既に持っている純粋な信仰を守りなさい」と言われたのです。そして、主は、フィラデルフィア教会にも同じように語られました。「救いの完成」、「永遠のいのち」を失わないために、「既に持っている純粋な信仰を守りなさい」と言われたのです(Ⅱテモ1:14)。
3.勝利を得る者に対する約束(12)
主は、12節で信仰の「勝利を得る者」への約束も語られました。
① 神の聖所の柱としよう
「神の聖所」とは、主が臨在される場所です。「柱」とは、建物にとって絶対になくてはならない存在、取り外せない重要な存在です。ですから「神の聖所の柱」とされるということは、主と一体化されるということです。ですから、その人は「もはや決して外に出て行くことはない」のです。
② 柱に名が書き記される
「神の聖所の柱」とされた者には、「神の御名」、「新しいエルサレムの名」、「新しい名」が「書きしる」されます。「神の御名」が付けられているとは、その人が「神の所有」であるということです。「新しいエルサレムの名」が付けられているとは、その人が「天の都の市民権」を持っていることを示しています。「新しい名」が付けられるとは、その人が「新生した者」であることを表しています。これらの「名」が付けられるのは、主の「名を否まなかった」からです。ここで、主が語っておられることは、黙21章と22章に描かれている「新しい天と新しい地」(21:1)と「新しいエルサレム(21:2)」でのことです。そこでは、「神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられ」(21:2)るようになるのです。「勝利を得る者」は、天の御国で永遠に神と共にいることが出来るのです。これは、私たち信じる者にとって輝かしい未来であり希望です。
私たちも、フィラデルフィア教会のように、最後まで信仰を守り通す信仰の勝利者となりましょう。その地道な歩みが、後に大きな報いを受けることにつながります。主は「だれも閉じることのできない門」を「開いておいて」下さいます。へりくだる私たちを高め、試練の時にも守って下さいます。私たちに永遠のいのちの冠を授けて下さいます。天の御国で永遠に神と共にいることが出来るのです。主は、私たちにも「わたしは、すぐに来る。あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと持っていなさい」と語っておられます。
Filed under: アジアの7つの教会へのメッセージ • 伊藤正登牧師