26.5.17.

エステル記の中には「神」という言葉や神の名が一度も出て来ない。しかし、物語の背後に目に見えない神の導き(摂理)を見ることが出来る。神は、エステルを用いて、ユダヤ人たちを絶滅の危機から救い出した。エステルはどのような女性だったのか。神はどのように働かれたのか。

1.王妃となったエステル-従順と謙虚

① 王妃ワシュティの失脚(1章)

1:1-3節に、エステル記の時代背景が書かれている。「クセルクセスの時代、クセルクセスが、インドからクシュまで百二十七州を治めてした時のことである。」(1) ペルシア王クセルクセスⅠ世(ヘブル語でアハシュエロス)の治世(BC.485-465年)の出来事。ペルシア帝国は現在のイランを中心に、インドからエチオピアまでの西アジアの広範囲を支配する巨大帝国だった。

「クセルクセス王がスサの城で、王座についていたころ、」(2) BC482年頃、「その治世の第三年に、彼はすべての首長と家臣たちのために宴会を催した。…」(3) 「七日目に、クセルクセス王はぶどう酒で心が陽気になり」(10)、「王妃ワシュティに王冠をかぶらせて、王の前に連れて来るように言った。彼女の容姿が素晴らしかったので、その美しさを民と首長たちに見せるためであった。」(11) 「しかし、王妃ワシュティは宦官から伝えられた王の命令を拒み、来ようとはしなかった。」(12) 「そのため王は激しく怒り、その憤りは彼のうちで燃え立った。」(12)

王は、王に仕える側近たちにワシュティをどのように扱ったらよいか相談した(13-15)。その結果、ワシュティは、二度と王の前に出ることが禁じられ、「王妃の位は、彼女よりももっとすぐれた者に」授けられることとなった(19、21)。

② モルデカイとエステルの登場(2:1-11)

「これらの出来事の後」(2:1)、「王のために容姿の美しい未婚の娘たち」(2)が「スサの城」(3)に集められ、「王の宦官ヘガイの管理のもとに」(3)置かれ、「王のお心にかなう娘を、ワシュティの代わりに王妃」(4)とすることとなった。

「スサの城に一人のユダヤ人がいて、その名をモルデカイといった。…」(5)モルデカイはバビロニア捕囚の時に「エルサレムから捕らえ移された者であった。」(6)バビロニア帝国は、アケメネス朝ペルシアによって滅ぼされ、キュロス2世によって、BC539年にユダヤ人にエルサレム帰還が許された。しかし、エルサレムに帰還せず、そのままペルシアに残ったユダヤ人たちもいた。

さて「モルデカイはおじの娘ハダサ、すなわちエステルを養育していた。彼女には父も母もいなかったからである。この娘は姿も美しく、顔だちも良かった。モルデカイは、彼女の父と母が死んだとき、彼女を引き取って自分の娘としていた。」(7) 「多くの娘たちがスサの城に集められ、ヘガイの管理のもとに置かれたとき、エステルも王宮に連れていかれて、女たちの監督官ヘガイの管理のもとに置かれた。」(8) 「この娘はヘガイの目にかない、彼の好意を得た。彼は急いで化粧品とごちそうを彼女に与え、また王宮から選ばれた七人の侍女を彼女に付けた。また、ヘガイは彼女とその侍女たちを、後宮の最も良いところに移した。」(9)

「エステルは自分の民族も、自分の生まれも明かさなかった。モルデカイが、明かしてはいけないと彼女に命じておいたからである。」(10) 当時、ユダヤ人は、捕囚の民として弱い立場に置かれていた。もし、エステルがユダヤ人であることが知られてしまったら、エステルは差別され、悪い扱いをされ、不利な立場になってしまうと考えたのかも知れない。それで、モルデカイは、エステルにユダヤ人であることを秘密にしておくように命じたのだろう。この時、エステルは、素直にモルデカイの命令に従った。ここに、エルテルの従順さを見ることが出来る。

③ 王妃として選ばれたエステル(2:12-18)

「娘たちは、女たちの規則にしたがって、十二か月の期間が終わった後、一人ずつ順番にクセルクセス王のところに入って行くことになっていた。」(12) 「娘は夕方入って行き、朝になると第二の後宮に帰ることになっていた。…そこの女は、王が気に入って使命されるのでなければ、二度と王のところには行けなかった。」(14)

「…エステルが、王のところに入って行く順番が来たとき、彼女は女たちの監督官である、王の宦官ヘガイの勧めたもののほかは、何一つ求めなかった。こうしてエステルは、彼女を見るすべての者から好意を受けていた。」(15) エステルは「ヘガイの勧めたもののほかは、何一つ求めなかった」。ここでも、エステルの従順さを見ることが出来る。また、エステルには貪欲さが無かった。他の女たちは、色々と高価な物を求めたのかもしれない。こうして、従順で謙虚な「エステルは、彼女を見るすべての者から好意を受けていた」。「王はほかのどの女よりもエステルを愛した。このため、彼女はどの娘たちよりも王の好意と寵愛を受けた。王は王冠を彼女の頭に置き、ワシュティの代わりに彼女を王妃とした。」(17) エステルは、王宮の誰からも好かれ、ついに王妃として選ばれた。

 

エステルは「ヘガイの目にかない、彼の好意を得」(9)、「すべての者から好意を受け」(15)、「王の好意と寵愛を受け」(17)、王妃となったのは、エステルの外見が美しかっただけではなく、エステルの内に素直に従う心(従順)、高ぶらず控えめな心(謙虚)があったからではないか。箴22:4、31:30。単に外側だけを美しく飾っても、心が美しくなければ意味がない。エステルは、内面の美しさのゆえに誰からも愛され、王妃として選ばれた。そして、ユダヤ人たちを絶滅の危機から救い出すために用いられた。

聖書は、外面だけではなく、内なる人を飾るようにと教えている。Ⅰペテ3:3-4。私たちも御霊によって内面を従順と謙遜によって飾り、人々からの好意を得て、人々の救いのため用いていただこう。

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