へブル12:1-3
26.7.5.
この箇所で、信仰生活が「競走」(レース)に例えられている。
時間(速さ)や距離を競い合う「競争」(コンペティション)ではない。Cf.ピリ3:12-14
へブル12:1-2には、ギリシヤ語では、3つの「Let’s」(~しましょう)がある。
「let’s throw off:投げ捨てよう」、「let’s run:走ろう」、「let’s fix our eyes:見つめよう」。
1.重荷と罪を投げ捨てよう
「一切の重荷とまとわりつく罪を捨てて」(1)とある。
この「捨てる」は、ギリシヤ語では「脱ぎ捨てる、取り除く、投げ捨てる」という意味。
競走選手は、軽装でなければうまく走ることが出来ない。
同じように、信仰の競走においても、走りを邪魔するものを投げ捨てなければならない。
① 全ての重荷
信仰生活を送るうえで妨げになるような「重荷」は投げ捨てなければならない。
それは一人一人異なるものなので、自分にとって何が「重荷」となっているだろうか。
明確な罪ではないかもしれないが、信仰の益にならないもの、証にならないもの、
潔く止めた方がいいもの、捨てた方がいいもの、控えた方がいいものはないだろうか。
② まとわりつく罪
「罪とは律法に違反することです。」(Ⅰヨハ3:4)
モーセの十戒(出20章)には、10の命令があるが、それらは守られているだろうか。
言葉や行いに現れる罪だけではなく、心の中の隠れた思いにも罪があると教えている。
罪の根源は、自己中心。「罪SIN」 の真ん中は「I」すなわち「私」。
罪が示されたなら、直ぐに悔い改め、罪を捨て去らなければならない(Ⅰヨハ1:9)。
2.忍耐をもって走り続けよう
私たちにはそれぞれ走るべき「コース」が定められている。
その人生のコースを走るは、自分一人だけ。同じコースを走る人はいない。
だから、最後まで走り終えることが出来たなら、一番となり、朽ちない栄冠が与えられる。
速さは関係ない。時間がかかっても(ゆっくりであっても)、
走るべきコースを走り抜いた者には、勝利の栄冠が用意されている。黙2:10。
最後までしっかりと信仰の競争を走り切るためには、「忍耐」が必要。ヘブ10:36。
忍耐をもって信仰の競走を走りぬくなら、素晴らしい栄冠が約束されてる。Ⅰコリ9:24-25。
私たちも人生の最後において、パウロのような告白が出来るように、
信仰の競走を一心に走りぬく者となろう。Ⅱテモ4:7。
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