マタイ4:1-11
26.8.2.
イエスは、公生涯に入る前に、ヨルダン川で水のバプテスマを受けた。その時、聖霊が鳩のようにイエスに降り、天から父なる神の声がして、イエスが父なる神によって愛さたれた神の御子であることが宣言された(マタ3:16-17)。
聖霊に満たされたイエスは、すぐにキリストとしての働きを始めたのではない。イエスは、「御霊に導かれて荒野に上って行かれ」、「四十日四十夜、断食」をした(1-2)。それは、これからキリストとしての働きを始めるための備えをするためであった。「四十日四十夜、断食」をして、祈りに専念(集中)し、父なる神との交わりの中で、父なる神の御心を改めて確認するためであったのだろう。
また、イエスは「悪魔の試みを受けるために、御霊に導かれて荒野に上って行かれた」。「試み」とは「誘惑」とも訳せる言葉で、罪に誘うこと。イエスは悪魔の誘惑を受けた。これは、イエスが私たち人間と同じ肉体を持ち、私たちと同じ立場に立ち、悪魔から私たち人間と同じ試みを受けることによって、私たちの弱さに同情し、あわれみ深い大祭司として人間のための執り成すためであった(ヘブ2:17-18、4:14-16)。
イエスが受けた「悪魔の試み」は私たちが信仰の道を進んでいく中で受ける誘惑でもある。イエスは、どのような「悪魔の試み」を受けたのだろうか。「悪魔の試み」に対してどのように対処し、勝利したのだろうか。
1.自分の力で物を得ようとする欲望
「試みる者」とは「誘惑する者」という意味で、悪魔すなわちサタンのこと。悪魔は、イエスが「空腹を覚え」ていた時に、イエスに「近づいて来て」誘惑して来た。悪魔は、肉の弱さを覚えている時に、その弱さに働きかけ、誘惑して来る。悪魔はイエスに「あなたが神の子なら」と言って、自分の神としての力を利用して、自分の欲求・必要を、今すぐ、満たすようにという誘惑でもあった。神に信頼するより、自分の力で問題解決するように、自分の力を試すようにという誘惑。
この時、イエスは、40日間の断食の後だったので、極度の空腹を感じ、何か食べたいという欲求があったことだろう。また、イエスは神としての力を持っていたので、実際に今すぐに、石をパンにする奇跡を行うことも簡単に出来ただろう。しかし、イエスは、悪魔の誘惑には乗らなかった。もし、悪魔の言葉に従ってしまったら、悪魔に敗北してしまうことになる。
この悪魔の誘惑に対して、イエスは負けることなく、強く立ち向かった。「イエスは答えられた。『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる』と書いてある。」(4) イエスは、申8:3の御言葉をもって、悪魔の誘惑を退けた。悪魔に立ち向かう武器は、神のことばである御言葉である。神のことばは「御霊の剣」である(エペ6:17)。
ここで、イエスは、「パン」などは全く必要ないと言っているのではない。「パン」は、私たちが生きるためには必要なものである。しかし、人間は「パン」だけでは生きられず、「神の口から出る一つ一つのことば」が必要であると言っているこの「パン」は、単に食べ物のことを言っているのではなく、私たちが生きていくために必要な「衣・食・住」、またお金、仕事などの物こと。それらの物も生きていくためには必要だが、物だけでは、物足りないのである。私たちが生きていくためには、人生の希望、生きる意義、喜び、平安、知恵、力が必要。それらのものは、神の言葉である聖書の御言葉によって与えられる。
悪魔は、私たちの目を神と御言葉から離させ、自分の必要だけに目を向けさせようとする。そして、神に信頼することよりも、自分の力でそれを手に入れさせようとする。しかし、聖書は、神と富とに仕えることは出来ないと教えている(マタ6:24)。貪欲に気を付けるよう(ルカ12:15)、金銭を愛してはいけないと教えている(Ⅰテモ6:6-10)。
まとめ&結論
悪魔は、肉の弱さを覚えている時に、その弱さに働きかけ、誘惑して来る。悪魔に立ち向かう武器は、神のことばである御言葉である。「御霊の剣」である御言葉をもって、悪魔の誘惑に立ち向かおう。いつでも悪魔の誘惑に対抗出来るように、御言葉を読み、学び、覚え、いつでも使えるようにしておこう。
悪魔は、私たちの目を神と御言葉から離させ、自分の必要だけに目を向けさせようとする。それがあれば心が満たされ、幸せな気持ちになれると思えるかもしれない。そして、神に信頼することよりも、自分の力でそれを手に入れさせようとする。その方が早く簡単に欲しい物を手に入れられるように思われるかもしれない。
しかし、その前に、目の前の必要から神に信仰の目を向けよう。主の御心を求め、主が語って下さることに耳を傾けよう。主は絶えず私たちに語りかけておられる。神に信仰の目を向け、神に信頼し、神が語っておられる御言葉に耳を傾け歩んで行こう。
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