イザヤ53:4-6

2026.8.16

前回のイザヤ40~48章では、神が捕囚の民をバビロンから解放し、帰還の道を備えられたことを見ました。しかし、人間にはさらに深い罪からの解放が必要です。
49章から、救いの中心人物である「主のしもべ」が前面に現れます。

1.主イエスはあなたを忘れない イザヤ49~52章

「主は私を見捨てた。主は私を忘れた」と嘆くシオン。 49:14
しかし主は、「わたしはあなたを忘れない」と約束される。 49:15
私たちは主の手のひらに刻まれている。 49:16
主はイスラエルだけでなく、諸国の民の光として、救いを地の果てまで届ける。 49:6
状況が変わっても、神の愛は変わりません。あなたは忘れられていません。

2.主イエスはあなたの罪を負われた イザヤ53章

主のしもべは、私たちの病と痛みを担われた。 53:4
私たちの背きのために刺され、咎のために砕かれた。 53:5
私たちのすべての咎を、主は彼に負わせた。 53:6
その苦しみは無駄ではなく、多くの人が義とされる。 53:11
十字架は敗北ではなく、神の救いの勝利。罪には赦しを。傷には癒やしを。恐れには平安を。絶望には希望を。主イエスが、私たちの罪・恥・裁きを負ってくださいました。

3.主イエスはあなたを恵みへ招かれる イザヤ54~55章

希望が見えないところで、「喜び歌え」と主は語られる。 54:1
まだ見えない時から、「天幕の場所を広げよ」と信仰へ招かれる。 54:2
山々が移っても、主の恵みは私たちから移らない。 54:10
「渇いている者はみな来なさい」――恵みへの招き。 55:1
「主を求めよ。お会いできる間に。」 55:6
主に帰る者を、主はあわれみ、豊かに赦してくださる。 55:7
信仰とは、まだ見えていなくても、神の御言葉を信じて一歩踏み出すこと。

 

今日、主はあなたに語られます。「わたしはあなたを忘れていない。」
「あなたの罪を、わたしが負った。」「渇いている者は、わたしのもとへ来なさい。」
主の恵みと招きに応答していきましょう。

Filed under: 和田一喜牧師