20.4.12.

イエスは、私たちの罪を身代わりに負い、十字架にかかり、死んで下さいました。しかし、三日目に、イエスはよみがえりました。イエスの復活は、私たちにどのような希望を与えるのでしょうか。

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20.4.5.

受難週の木曜日、「過越の祭りの前」(1)、イエスは、弟子たちと共に「過越の食事」をとられました。その席で、「夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれ」(4)、「たらいに水を入れ、弟子たちの足を洗って、腰にまとってかられる手ぬぐいで、ふき始められ」(5)ました。イエスが弟子たちの足を洗われたことには、どのような意味があったのでしょうか。

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20.3.29.

イエスが「シモンの家」で「食卓についておられると、ひとりの女が、純粋で、非常に高価なナルド油の入った石膏のつぼを持って来て、そのつぼを割り、イエスの頭に」(3)注ぎました。この「ひとりの女」とは、ヨハ12:3によると、ラザロとマルタの姉妹「マリヤ」でした。マリヤが注いだ「ナルド油」は、十字架にかかって死なれるイエスを示すものでした。

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2020.3.22

ペテロが沈みかけた時、「主よ。助けてください」と叫びました。

私たちには、「助けて下さい」と叫ぶことのできる神様がついています。

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20.3.15.

イエスは、神殿に入られると、「宮の中で売り買いしている人々を追い出し初め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒し」(15)、「宮を通り抜けて器具を運ぶことを…お許しに」(16)なりませんでした。これは、「宮きよめ」と呼ばれる出来事です。なぜこのような過激な行動に出たのでしょう。イエスは、私たちに何を願っておられるのでしょうか。

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20.3.8.

イエスが「ろばの子」に乗ってエルサレムに入られたことは、4福音書に記されています(マタ21:1-11マコ11:1-11ルカ19:28-38ヨハ12:12-19)。この出来事で重要なことは、「ろばの子」ではなく、イエスご自身です。イエスが「ろばの子」に乗ってエルサレムに入城したということは、イエスがどのようなお方であるかということを示す出来事だったのです。

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20.3.1

主の祈りの最後の祈りは、「私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください」(13)です。この祈りには、どのような意味があるのでしょうか。

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200223

今日はクリスチャンにとって最も大切な信仰について学びましょう。カインとアベルはどんな思いで主にささげものをしたのでしょうか。神様を喜ばせる信仰は何かを学びましょう。

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20.2.16.

「主の祈り」の後半の二つ目の祈りは、「私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました」(12)です。これは、どのような祈りなのでしょうか。

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20.2.9.

「主の祈り」の後半は、人間に関わる祈りであり、私たちの必要を求める祈りです。その初めの祈りは、「私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください」(11)です。

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