2019.3.24
私たちは、少しなら待てます。しかし、待つ時間が長くなると心は病み、主を信じられなくなります。ただ主を信じることが難しくなった時、どうしたらよいのでしょうか。
2018.12.16
先週は、ルカの福音書1章より御使いがマリヤに現れた場面から、マリヤの従順な信仰について学びました。今日は、その続きとなるルカの福音書2章よりお話しします。御使いが羊飼いに現れた場面から、救い主イエス・キリストについて知りましょう。 続きを読む
18.11.25
婚礼の最中に、ぶどう酒が切れてしまった時、マリヤは先ずイエスのもとに行きました。イエスならこの問題を何とか解決して下さる、必要を満たして下さると信じたからです。私たちも、毎日の生活や人生の中で、欠乏や必要、弱さや足りなさを覚える時があります。そのような時、自分の知恵や努力だけで何とか問題を解決しようとしたり、人を頼って問題を解決してもらおうとしたりはしていないでしょうか。私たちが先ず助けを求めに行くべきところは、イエスのもとです。詩篇50:15。ピリピ4:19。 続きを読む
2018.9.30
愛がないなら、素晴らしい賜物や才能、完全な信仰も価値はありません。自己満足に終わり、人の助けにならないこともあるからです。本物の愛は、自分よりも人の利益を優先します。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。この愛は、イエス様にしかありません。私たちは愛を一部分しか知りません。私たちの欠けた部分を満たせるのは、イエス様だけです。完全であるイエス様の愛に出会って、愛されることを知り、愛することができるように造り変えられます。 続きを読む
2018.09.09
人生はマラソンにたとえることができます。前の時代の人々も私たちと同じように信仰のレースを走ってきました。今、その信仰のレースを立派に走り抜けた先輩方が、競技場の観客席から私たちを見守り、応援してくれているのです。このレースは速さよりも忍耐力が大切です。途中であきらめてはならないのです。先輩方を見習って忍耐をもって走り続けましょう。 続きを読む
2018.4.29
Ⅰコリント13:13
信仰は、目には見えない神様が生きていることを保証し、確信させてくれます。
信仰は、神様のことばを聞くことから始まります。へブル11:1、ローマ10:17。神様のことばを信頼して応答するとき、神様との関係は深められ、信仰は成長します。Ⅰペテロ2:2、イザヤ40:8、へブル11:3。 続きを読む
2017.12.31
詩篇23:1
詩篇23篇は、ダビデの賛歌です。ダビデは、主は羊飼いで、私たちは羊であると歌いました。主が羊飼いであるとは、どのような意味が込められているのでしょうか。 続きを読む
2017.10.29
マルコの福音書5:1~20
イエス様は、悪霊につかれていた男の悪霊を追いだし、「主があなたにしてくださったことを知らせなさい。」と言われました。 続きを読む