15.8.2.

創世記24章における宣教のモデル

創世記24章

創世記24章には、イサクの嫁探しについて書かれています。
アブラハムは息子イサクのために将来の花嫁を見つけ出して連れて来るために、
信頼出来るしもべを自分の故郷へと遣わしました。
このことは、父なる神様が御子イエス様のために、
将来のキリストの花嫁となる人を見つけ出して連れて来るために、
神様のしもべである教会を遣わすことを暗示するものです。
創世記24章から宣教のモデルを見ることが出来ます。 続きを読む

15.7.26

生きている希望

1ペテロ1:3

希望とはなんでしょう。あることの実現をのぞみ願うことであり、将来に対する期待でもあり、また、明るい見通しです。キリスト教での神学的な3つの美徳「信仰、希望、愛」の一つです。聖書を源としない望みは人間的な望みであり、必然的に消えゆくのです。(箴言11:7、1ペテロ1:24-25、エレミヤ17:5-7
ただし、希望をもったり、祈ったりするだけでなく、行動することも大事です。マタイ6:11では日ごとの糧を与えてくださいとありますが、2テサロニケ3:10では、実際に働くことを勧めています。これらは矛盾した命令ではありません。私たちは生きるために必要な物のために祈りますが、天から落ちてくるのを待つ必要はないのです。神様が与えてくださった力や体で働く必要があります。
本当の希望の性質について学びましょう。 続きを読む

15.7.19.

人生の季節

伝道者3:1-14

伝道者の書を書いたソロモンは、「天の下では、何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある」(1)と語り、その後で人生の様々な時に言及しています。
英語の聖書(NIV)では、「全てのことには季節がある」と訳されています。
人生には様々な出来事があります。良い時もあれば、悪い時もあります。
それは、夏があり、冬があるというような季節のようなものだというのです。
人生には冷たく暗い冬のような時もあれば、暖かく明るい夏のような時もあります。
このような人生について、幾つか覚えておかなければならない点があります。 続きを読む

15.6.28.

神様の御心に従う教会(アンテオケの教会)

使徒11:19-30、13:1-3

エルサレムの教会の信者たちはエルサレムに留まることに満足していました。
使徒1:8に書いてあるイエス様の言われたことに従わなかったのです。
彼らはユダヤとサマリヤの全土、および地の果てまで行かなければならなかったのです。
そこで、神様は迫害を通して、信者たちをユダヤとサマリヤへと散らされました。
エルサレムの教会から散らされた信者たちは、アンテオケに教会を立ち上げました。
そして、アンテオケの教会は模範的な教会となりました。
アンテオケで信者たちは初めて「クリスチャン」と呼ばれるようになりました。
アンテオケの教会にはどのような特徴が見られるのでしょう。 続きを読む

2015.05.31

イエス様の憐れみ

マタイ9:35-38

イエス様は神の子の権威のあるお方でしたが、病人やみことばを聴いていた群集に対してなど、人々に憐れみを示していました。このことから、私たちはどのように主に仕えたらよいかを学びましょう。 続きを読む

15.4.26

弟子を派遣する

ヨハネの福音書20:19~22

イエス様が復活された後、40日の間、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きておられることを使徒たちに示されました。(使徒の働き1:3
では、トマス以外の弟子達がどうしたのかみてみましょう。 続きを読む

15.03.08

主の山の上には備えがある

創世記22章1~14節

1. 神様は私たちに一番厳しいもので従順を求めてくる時があります。

創世記からアブラハムについて読んだ時に、息子イサクがどんなに待ち望んだ末に与えられたかをよく知ることができます。アブラハムにとってイサクは、何にも増して貴重な存在であったに違いありません。神様もアブラハムがイサクをどんなに愛されているかを良く知っていました。しかし神は、彼らが喜びの只中にあるときに、このひとり息子を犠牲に捧げよという信じられない程過酷な試練をアブラハムに告げました。
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