25.6.1.

賛美とは何か、どのように賛美したらよいのか、聖書から学ぶ。それによって、さらによりよく賛美をささげ、賛美の恵みに与る者となりたい。

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25.4.6.

サムソンは、どのような士師だったのか。サムソンからどのようなことを教えられるのか。

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25.3.16.

サムソンは、主の霊によって大きな力が与えられていた。しかし、やがてサムソンはその力を失ってしまう。サムソンに何があったのか。私たちは何を学ぶことが出来るのか。

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25.3.2.

サムソンは、士師記の中で最後に登場する12番目の士師。サムソンは、どのような士師だったのか。そして、サムソンからどのようなことを教えられるのか。

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25.2.16.

「テモテへの手紙第二」は、パウロが殉教する前に書いた最後の手紙。ローマ皇帝ネロによる迫害の中、パウロは捕らえられ、投獄されてしまった(1:8,16、2:9)。一方、テモテは、エペソ教会の牧会者となっていたが、激しい迫害や異端との戦いの中で、心身共に弱くなってしまっていた。そのようなテモテを励ますために、パウロは、ローマの牢からテモテにこの手紙を書いた。パウロは、どのような励ましをテモテに送ったのか。

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いのちの息吹を受けよう

エゼキエル37:1-14

25.2.2.

エゼキエルは、エルサレムの神殿で仕えていた祭司だった。しかしBC597年、第一次バビロン捕囚の際に、バビロンへと連れて行かれた。そしてその5年後、バビロンの地で預言者として召された。エゼキエルは、バビロンの地で、ユダヤ人たちに神からの言葉を語った。エゼキエル37章は、イスラエルの回復について語られている。

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25.1.19.

「これらの出来事の後」(1)とは、直前の21章に書かれている出来事。アブラハムにイサクが与えられ(21:1-7)、女奴隷ハガルと息子イシュマエルと別れ(21:8-21)、アビメレクとの平和条約が結ばれ(21:21-34)、平安な生活を送ることが出来た時、「神はアブラハムを試練に会わせられた」(1)。それは、アブラハムが主を信頼し、主の御声に従うかどうかを試すための試練であった。アブラハムは、主の御声にどのように従ったのか。

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25.1.5.

イエスは、弟子たちに「あらゆる国の人々を弟子としなさい」(マタ28:19)と命じた。イエスは、単に「人々を信者にしなさい」と言ったのではなく、「人々を弟子としなさい」と言ったのである。イエスが求めているのは、単なる信者ではなく、「弟子」であるということ。そしてイエスは、「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です」(ヨハ8:31)と言った。イエスの本当の弟子とは、イエスの「ことば」に「とどまる」者であるということ。イエスの「ことば」に「とどまる」とは、イエスの教えに従って生きること。それは、みことばに生きるということ。それは、どのようにしたら出来るのか。

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ルカ1:26-38、マタイ1:16-25

24.12.8.

イエス・キリストは処女マリヤから生まれた。だから、イエス・キリストの誕生は、「処女降誕」と言われている。この処女降誕は、どのようにして起こったのか。また、どのような意味があるのか。

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24.12.1.

イエス・キリストの誕生は、マタイとルカの福音書に詳しく書かれている。ルカの福音書では、イエスの誕生の前に、バプテスマのヨハネの誕生が書かれている。御使いガブリエルは、バプテスマのヨハネの父ザカリヤに息子が与えられることを告げた。この出来事から、祈りについて教えられることが3つある。

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