18.11.4.

ヒゼキヤは、先祖ダビデのように「主の目にかなうこと」(29:2)を行いました。しかし、ヒゼキヤの父アハズは、積極的に偶像礼拝を行った悪い王でした。アハズは、「神の宮の器具」(28:24)を処分し、「主の宮の戸を閉じ」(24)てしまいました。また、町々に異教の神々の祭壇を築き(24-25)、「主の怒り」(25)を引き起こしたのです。そのため、南ユダ王国は、主の祝福を失い、衰退してしまいました。そこで、アハズの次に王となったヒゼキヤは、衰退してしまった南ユダ王国を立て直そうとしました。 続きを読む

18.10.28

イエス様がカペナウムに入られると、ある百人隊長が部下を癒してくださいとイエス様に懇願しました。そのとき、イエス様は百人隊長の信仰に大変驚き、とても喜ばれ、望み通りおことばを与え、しもべを癒されました。百人隊長のどのような信仰を喜ばれたのでしょうか。 続きを読む

18.10.21.

ヨタムの次に良い王となったのは、ヨタムの孫に当たるヒゼキヤです。ヒゼキヤは、どのような王だったのでしょうか。 続きを読む

18.10.14

ヨタムは、「二十五歳で王となり」、「十六年間」王として南ユダ王国を治めました(1)。ヨタムは、良い王とされていますが、どのような王だったのでしょうか。 続きを読む

18.10.7.

ウジヤは、南ユダ王国の第10代目の王です。Ⅱ列王15章では、ウジヤは、「アザルヤ」と呼ばれています。「ウジヤは十六歳で王となり」、南ユダ王国を「五十二年間」治めました(3)。ウジヤは、どのような王だったのでしょうか。 続きを読む

2018.9.30 

1一番すぐれている愛とは(Ⅰコリント13:1~12)

愛がないなら、素晴らしい賜物や才能、完全な信仰も価値はありません。自己満足に終わり、人の助けにならないこともあるからです。本物の愛は、自分よりも人の利益を優先します。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。この愛は、イエス様にしかありません。私たちは愛を一部分しか知りません。私たちの欠けた部分を満たせるのは、イエス様だけです。完全であるイエス様の愛に出会って、愛されることを知り、愛することができるように造り変えられます。 続きを読む

18.09.23

今日は収穫についての話です。畑には良い麦と毒麦が共に育ち、収穫の日が近づくと、毒麦は引き抜かれて燃やすために束にされ、良い麦は収穫されて神様の蔵に納められるという話です。この良い麦と毒麦の話から、私たちクリスチャンが良い麦として、どのように歩むべきかを学びましょう。 続きを読む

18.9.16.

南ユダ王国には、約350年の間に、20人の王たちがいました。その中には、不完全ながらも何人かの良い王たちがいました。今日は、アマツヤについて学びます。アマツヤはどのような王だったのでしょう。 続きを読む

2018.09.09

1.忍耐をもって

人生はマラソンにたとえることができます。前の時代の人々も私たちと同じように信仰のレースを走ってきました。今、その信仰のレースを立派に走り抜けた先輩方が、競技場の観客席から私たちを見守り、応援してくれているのです。このレースは速さよりも忍耐力が大切です。途中であきらめてはならないのです。先輩方を見習って忍耐をもって走り続けましょう。 続きを読む

18.9.2.

南ユダ王国の第8代の王となったのがヨアシュです。ヨアシュは、どのような王だったのでしょう。 続きを読む