15.4.12.

舟の右側に網を降ろす

ヨハネ21:1-11

イエス様が復活された後、
ペテロは他の弟子たちと共にティベリヤ湖(ガリラヤ湖)に行き漁をしていました。
彼らは一晩中漁をしましたが、何も獲れませんでした。
そして、弟子たちは心身ともに疲れ果て夜明けを迎えました。
その時、イエス様が岸辺に立っておられ、弟子たちに言われました。
「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」(6)
弟子たちは言われるままに「舟の右側」に網を下ろしてみました。
「すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった」(6)ほどでした。
その網は「百五十三匹の大きな魚でいっぱい」(11)でした。
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15.4.5.

復活の主による希望

ヨハネ11:25,26

イエス様が死から復活し、生きておられるという事実は、
絶望のどん底にあった弟子たちに希望を与え、喜びと力を与えました。
イエス様の復活は私たちにどのような希望を与えるのでしょうか。 続きを読む

15.03.29

イエス様のとりなしの祈り

ルカ23:33-34

十字架は元々残酷で忌まわしいものでした。その忌まわしい十字架にイエスキリストがかかられたのです。そのときの苦痛と悲しみはすさまじいものだったことでしょう。しかしイエス様は、その十字架の上で、人々のために「彼らをお赦しください」と祈られたのです。いったいなぜこのような祈りをされたのでしょうか。 続きを読む

15.3.22.

エルサレムから地の果てまで

使徒1:8

この使徒1:8は「使徒の働き」のテーマであり、「使徒の働き」の構成を表しています。
そして、使徒1:8はイエス様が教えて下さった福音宣教の戦略でもあるのです。
イエス様は弟子たちに、「エルサレム」すなわち彼らの地域、
「ユダヤ」すなわち彼らの国、「サマリヤ」すなわち国内の他の文化圏、
そして「地の果て」すなわち全世界に福音を届けるようにと言われたのです。
こように、イエス様の最終的な目標は世界宣教でした。 続きを読む

15.3.15.

我に死に主に生きる

マルコ10:17-31

ある時、イエス様のもとに「ひとりの人が走り寄って」(17)来ました。
この人はマタイ19:20によると「青年」であり、ルカ18:18では「役人」と言われています。
ですから、彼は若くして役人となった裕福な人、成功した人であったようです。
また、この人は宗教的にも熱心な人であったことが、彼の質問から伺えます。
彼はイエス様に天国に入る方法を尋ねるためにやって来ました。
しかし、結果は悲しみながら立ち去ることになってしまったのです。
なぜそのようになってしまったのでしょう。この人の問題点は何だったのでしょう。 続きを読む

15.03.08

主の山の上には備えがある

創世記22章1~14節

1. 神様は私たちに一番厳しいもので従順を求めてくる時があります。

創世記からアブラハムについて読んだ時に、息子イサクがどんなに待ち望んだ末に与えられたかをよく知ることができます。アブラハムにとってイサクは、何にも増して貴重な存在であったに違いありません。神様もアブラハムがイサクをどんなに愛されているかを良く知っていました。しかし神は、彼らが喜びの只中にあるときに、このひとり息子を犠牲に捧げよという信じられない程過酷な試練をアブラハムに告げました。
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15.3.1.

聖霊の風を迎えよう

ヨハネ3:8

イエス様はニコデモに人が新しく生まれ変わるのは、
聖霊の働きによるのであって、それは「思いのままに」吹く「風」のようであり、
それがどのようにして起こるのかということは誰も分からないのだと語られました。
聖書の中で「風」も「息」と同様に「聖霊」を表しています。
聖霊は人格をもった神様であり、意思や感情を持たれ、
「思いのままに」、「みこころのままに」(Ⅰコリント12:11)働かれるお方なのです。
では、聖霊はどのようなところに臨まれ働かれるのでしょう。 続きを読む

15.02.22

恐れに打ち勝とう

マタイ26: 31-35, 57-58, 69-75

ペテロは熱くイエス様を慕い従ってきましたし、決して裏切らないと断言していました。しかし、イエス様を知らないと3度も言ってしまったのです。

それはペテロが死を恐れていたからであり、苦しい目に遭いたくなかったからです。私たちはペテロの失敗から学び、恐れに打ち勝つ者となりましょう。
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15.2.15

主の息吹を受けよ

エゼキエル37:1-14

「リバイバル」という言葉には「生き返らせること、復興、再生」という意味があります。
この言葉は、過去の文化が再び盛んになる時に使われますが、
キリスト教でも「信仰復興」という意味で使われています。
クリスチャンの信仰が再び熱く燃やされ、多くの人々が信仰を持つようになることです。
私たちの霊的な状態は生き生きとしているでしょうか。 続きを読む

15.2.8.

ともに主を賛美しよう

詩篇34:3

ダビデは詩篇34:3で「私とともに主をほめよ。共に、御名をあがめよう」と勧めています。
ダビデは自分だけが主を賛美するのではなく、主の民が共に賛美するように促しています。
一人で主を賛美することも大切ですが、私たちが共に主を賛美することも大切なのです。 続きを読む