エペソ人への手紙1:20-23

2025.2.9

教会は、イエス・キリストの教会です。イエスは言われました。「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。」(マタイ16:9)岩の上とは、ペテロの信仰告白の上にということです。「イエスだけに救いがある」という信仰告白の上に、教会が建てられます。

(さらに…)

いのちの息吹を受けよう

エゼキエル37:1-14

25.2.2.

エゼキエルは、エルサレムの神殿で仕えていた祭司だった。しかしBC597年、第一次バビロン捕囚の際に、バビロンへと連れて行かれた。そしてその5年後、バビロンの地で預言者として召された。エゼキエルは、バビロンの地で、ユダヤ人たちに神からの言葉を語った。エゼキエル37章は、イスラエルの回復について語られている。

(さらに…)

Iサムエル17:17-32

250126

新しいことに挑戦しようとするとき、自分にはできないと思い込んでしまうことがあります。仕事が割り当てられたとき、「私にはできません」という人は多いです。しかし、何事にも勇気を出して挑戦しないと、何も進まないか、あるいは後退するだけです。ダビデとエリアブの違いを通して、私たちがどのようにしたら希望をもって歩み、未来を切り開いていけるのかを学びましょう。

(さらに…)

25.1.19.

「これらの出来事の後」(1)とは、直前の21章に書かれている出来事。アブラハムにイサクが与えられ(21:1-7)、女奴隷ハガルと息子イシュマエルと別れ(21:8-21)、アビメレクとの平和条約が結ばれ(21:21-34)、平安な生活を送ることが出来た時、「神はアブラハムを試練に会わせられた」(1)。それは、アブラハムが主を信頼し、主の御声に従うかどうかを試すための試練であった。アブラハムは、主の御声にどのように従ったのか。

(さらに…)

民数記13:25-14:9

2025.1.12

今日のテーマは、「心の姿勢」です。モーセは、神が自分たちに約束された地を調べるために、12人を遣わしました。彼らは40日間、その地を偵察し、帰って来て報告しましたが、全く違う正反対の報告がされました。

(さらに…)

25.1.5.

イエスは、弟子たちに「あらゆる国の人々を弟子としなさい」(マタ28:19)と命じた。イエスは、単に「人々を信者にしなさい」と言ったのではなく、「人々を弟子としなさい」と言ったのである。イエスが求めているのは、単なる信者ではなく、「弟子」であるということ。そしてイエスは、「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です」(ヨハ8:31)と言った。イエスの本当の弟子とは、イエスの「ことば」に「とどまる」者であるということ。イエスの「ことば」に「とどまる」とは、イエスの教えに従って生きること。それは、みことばに生きるということ。それは、どのようにしたら出来るのか。

(さらに…)

Ⅰテサロニケ5:16-18

2024.12.29 

1.いつも喜んでいなさい 

パウロは手紙でこのように書いていますが、パウロ自身はどうだったのでしょうか?(使徒の働き16:19-34)パウロとシラスはピリピで伝道した結果、牢獄に入れられてしまいました。牢獄においてパウロは決して喜べる状況ではありませんでした。でもパウロたちは祈り、賛美し、喜び、感謝したのです。彼らは喜ぶことを選び取ったのです。

(さらに…)

241222

およそ2000年前、ユダヤのベツレヘムで、羊飼いたちが野原で羊の番をしていました。すると突然、御使いたちが現れ、救い主がお生まれになったという素晴らしい喜びのメッセージを彼らに伝えました。それは私たちにとって、どれほど素晴らしいことなのでしょうか。また、どうすればその素晴らしい喜びを私たちも体験できるのでしょうか。みことばから学びましょう。

(さらに…)

マタイの福音書2:1-12

2024.12.15

今日の箇所には2人の王、2種類の礼拝者が出てきます。

(さらに…)

ルカ1:26-38、マタイ1:16-25

24.12.8.

イエス・キリストは処女マリヤから生まれた。だから、イエス・キリストの誕生は、「処女降誕」と言われている。この処女降誕は、どのようにして起こったのか。また、どのような意味があるのか。

(さらに…)