22.7.10.
主は、ヤコブに「祭壇を築きなさい」(1)と語られました。その祭壇には、どのような意味があったのでしょうか。
22.7.3.
(前回の復習)
ヤコブは、ベテルで初めて主に出会い、共におられる主に対する信仰が生まれました。ベテルでの経験は、真の信仰を持つようになった信仰の原点の時だったのです。ベテルに戻って祭壇を築けという主の命令は、ヤコブが初めて主に出会い、主との関係を持った信仰の原点に戻ることだったのです。私たちも、もう一度、信仰の原点、初心に戻りましょう。黙2:4-5。初めの愛、初めの信仰、初めの情熱、初めの決心に戻るのです。
22.6.19.
この例え話の中心人物は放蕩息子ではなく、放蕩息子を待ち続け、受け入れた父です。この父は、聖書の父なる神を表しています。放蕩息子の父を通して、父なる神がどのようなお方であるかを学びましょう。
22.6.12.
主は、ヤコブに「祭壇を築きなさい」(1)と語りかけておられます。その祭壇には、どのような意味があったのでしょうか。
21.6.5.
「五旬節」は、ギリシヤ語で「ペンテコステ」と呼ばれ、「50日目」という意味です。「過越しの祭り」(イースター)から数えて「50日目」ということです(レビ23:15~)。7週間経過するところから「七週の祭り」(シャブオット)とも呼ばれます(出34:22、申16:10)。「五旬節」は、キリスト教会にとって、聖霊が注がれ、教会が誕生した記念すべき日です。
22.5.15.
創26:25には、「イサクはそこに祭壇を築き、主の御名によって祈った」(25)とあります。イサクは、どのような人生を送り、「祭壇」を築いたのでしょう。
22.5.8.
「カナン人の女」の娘は、「ひどく悪霊にとりつかれて」いました(22)。彼女はイエスに娘の癒しを願いました。どのようにイエスに願ったのでしょう。
22.5.1.
聖書の中で、「主のために」、最初に祭壇を築いたのは、ノアでした。ノアが築いた祭壇は、どのような祭壇だったのでしょう。
22.4.17.
イエスは、十字架にかかり死んで下さり、墓に葬られました。しかし、三日目に、イエスは死の力を打ち破り、よみがられました。イエスの復活は、私たちにどのような希望を与えるのでしょうか。
22.4.10.
イエスは弟子たちと「最後の晩餐」と呼ばれる「過越しの食事」の後、「オリーブ山へ出かけて」(30)行き、「ゲッセマネという所」(36)に来ました。そこは、いつもイエスと弟子たちが集まっていた場所でした(ルカ22:39-40、ヨハ18:2)。ここで、イエスは祈りました。イエスは、どのような祈りをしたのでしょう。