22.9.4.
イエスは、ご自分と私たちの関係を「ぶどうの木と枝」の例え話をもって説明されました。「イエスにとどまる」、「実を結ぶ」とはどういうことでしょう。
22.8.21.
「ダビデは、そこに主のために祭壇を築き、全焼のいけにえと和解のいけにえとをささげて、主に呼ばわった」(26)とあります。ダビデが築いた祭壇から、どのようなことが教えられるのでしょうか。
22.8.14.
主の使いは、先見者(預言者)ガドを通して、ダビデに「ダビデは上って行って、エブス人オルナンの打ち場に、主のために祭壇を築かなければならない」(18)と語りました。ダビデは主に語られ通り「主のために祭壇を築き」(26)ました。ダビデが築いた祭壇から、どのようなことが教えられるのでしょうか。
22.7.17.
30節に、エリヤは「こわれていた主の祭壇を建て直した」と書いてあります。エリヤが建て直した祭壇には、どのような意味があったのでしょうか。
22.7.10.
主は、ヤコブに「祭壇を築きなさい」(1)と語られました。その祭壇には、どのような意味があったのでしょうか。
22.7.3.
(前回の復習)
ヤコブは、ベテルで初めて主に出会い、共におられる主に対する信仰が生まれました。ベテルでの経験は、真の信仰を持つようになった信仰の原点の時だったのです。ベテルに戻って祭壇を築けという主の命令は、ヤコブが初めて主に出会い、主との関係を持った信仰の原点に戻ることだったのです。私たちも、もう一度、信仰の原点、初心に戻りましょう。黙2:4-5。初めの愛、初めの信仰、初めの情熱、初めの決心に戻るのです。
22.6.19.
この例え話の中心人物は放蕩息子ではなく、放蕩息子を待ち続け、受け入れた父です。この父は、聖書の父なる神を表しています。放蕩息子の父を通して、父なる神がどのようなお方であるかを学びましょう。
22.6.12.
主は、ヤコブに「祭壇を築きなさい」(1)と語りかけておられます。その祭壇には、どのような意味があったのでしょうか。
21.6.5.
「五旬節」は、ギリシヤ語で「ペンテコステ」と呼ばれ、「50日目」という意味です。「過越しの祭り」(イースター)から数えて「50日目」ということです(レビ23:15~)。7週間経過するところから「七週の祭り」(シャブオット)とも呼ばれます(出34:22、申16:10)。「五旬節」は、キリスト教会にとって、聖霊が注がれ、教会が誕生した記念すべき日です。
22.5.15.
創26:25には、「イサクはそこに祭壇を築き、主の御名によって祈った」(25)とあります。イサクは、どのような人生を送り、「祭壇」を築いたのでしょう。