20.9.6.

17章では、アブラムにとって大きな転機となる出来事が記されています。ここからどのようなことが学べるでしょう。

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20.8.16.

主は、アブラムに子孫を与えると約束されましたが、それはまだ実現していませんでした。アブラムとサライは、この現実にどう対処したのでしょうか。

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20.8.9.

15章では、本当に主を信じることが出来るかという信仰のチャレンジを受けます。

この箇所から、3つのことが教えられます。

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20.8.2.

アブラムの生涯は、常に試練の連続、信仰のチャレンジの連続でした。14章では、ロト一家が戦争に巻き込まれ、連れ去られるという試練がありました。この試練の時には、どのような信仰のチャレンジがあったのでしょう。

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20.7.19.

12章では、「飢饉」が問題となりましたが、13章では、「豊かさ」が問題となりました。アブラムは、この問題をどのように解決していったのでしょう。

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20.7.12.

「カナンの地」でアブラムを待っていたのは、激しい「ききん」でした。アブラムは、この「ききん」という試練にどのように対処したのでしょう。

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20.7.5.

アブラハムは「信仰の父」と呼ばれています。なぜなら、彼は神から信仰を義(よし)と認められた最初に人だからです。私たちは、アブラハムの生涯を通して、神を信じて生きるということがどのようなことであるかを学ぶことが出来ます。

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20.6.21.

聖書は「すべての事について、感謝しなさい」と命じています。人生に起こる全ての事において、どんな状況の中でも感謝しなさいということです。どのようにしたら、どんな状況の中でも感謝出来るようになるのでしょうか。

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20.6.14.

主は、私たちに「いつも喜んでいなさい」、「絶えず祈りなさい」、「すべての事について、感謝しなさい」と語っておられます(Ⅰテサ5:16-18)。これら3つの事柄は、クリスチャンがとるべき態度と言えます。今日はこの中から、「絶えず祈りなさい」ということについて学びます。「絶えず祈る」とはどういうことなのでしょうか。

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20.6.7.

「喜んでいなさい」は、ギリシヤ語では「喜び続けなさい」となっています。しかし、人生には、嬉しいことばかりではなく、悲しいことや、辛いこともあります。ですから、「いつも喜んでいる」ということは、非常に難しいことです。どうしたら「いつも喜んでいる」ことが出来るのでしょうか。パウロは、その答えとなる言葉をピリ4:4で語っています。「いつも喜んでいる」ということは、「主にあって」可能となるのです。では、「主にあって」喜ぶとは、どういうことでしょうか。

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