19.7.7

聖霊は、イエス・キリストを信じる私たちと「ともにおられ」、「ともに住み」、私たちの「うちにおられ」ます。ですから、私たちは「神の神殿」(Ⅰコリ3:16)、「聖霊の宮」(Ⅰコリ6:19)と呼ばれています。私たちは、内に住まわれる聖霊について知っているでしょうか。

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19.7.14.

イエス・キリストを信じる私たちの内には、聖霊が宿っておられます。聖霊は、私たちと「ともにおられ」、「ともに住み」、私たちの「うちにおられ」ます。ですから、私たちは「神の神殿」(Ⅰコリ3:16)、「聖霊の宮」(Ⅰコリ6:19)と呼ばれています。聖霊は、私たちの内にあって、どのような働きをされるのでしょうか。

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2019.6.30

1.イエスによって存在を認められたシモン

イエスは、らい病人であったシモンの家に来られ、一緒に食事をされました。汚れている者(レビ13:45,46)とされ、ひとりで過ごすことも多かったシモンにとって、すごく嬉しかったに違いありません。人々は、シモンを汚れた者と見ていましたが、イエスが来られた事により「イエスが一緒に食事をされた人。」として見られるようになりました。一緒に食事をすると、特別な深い交わりを持つことが出来ます。イエスによってシモンは存在価値を認められ、イエスとの深い交わりの時間を持つことが出来ました。

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19.06.23

世界は広く、まだ福音を聞いたことのない人々も多いです。実は日本もいまだに未伝地という扱いになっていて、多くの人々が真理を知らずに迷っています。私たちクリスチャンたちはどうしたらよいのでしょうか。

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19.6.16.

「放蕩息子の例え話」の中心人物は放蕩息子ではなく、彼を受け入れた父です。

この父を通して、父なる神がどのようなお方であるかが示されています。

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19.6.9.

「ペンテコステ」(五旬節)は、ユダヤ教の三大祭の一つですが、キリスト教会にとって、聖霊が注がれ、教会が誕生した記念すべき日です。

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19.6.2.

私たちは、不誠実な世の中に生きています。信頼出来ない社会となっています。しかし、私たちの神は、どんな時でも、あらゆることにおいて、誠実なお方です。

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2019.05.26

私たちの信仰生活はレースにたとえられています。イエス様を信じて救われることがゴールではなく、洗礼を受けることがゴールでもありません。その後もイエス様を信じ続け、最後まで走り続けなければならないのです。この信仰のレースを走りぬくにはどうしたらよいのでしょうか。主からみ言葉を聞いてまいりましょう。

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19.5.19.

「バベルの塔」の話は、私たちに何を教えているのでしょうか。

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2019.05.12

イエスを信じる前の私たちは、罪の中に死んでいましたが(エペソ2:1)、イエス・キリストの十字架の血によって贖われました。そして、キリストの内にあることによって、新しい人に造り変えられました。私たちの古い人は死んで、今は自分のためではなく、キリストのために生きる者とされました。

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