16.10.09.
城壁を打ち破る
ヨシュア6:1-21
聖書は、エリコの町について、次のように言っています。
6:1。エリコは、イスラエル人の前に、城門を堅く閉ざして、だれひとり出入りする者がなかった。
エリコの町は、高くて堅固な城壁に囲まれた難攻不落の町でした。
イスラエルの民は、この難攻不落のエリコの町をどのように攻め落としたのでしょうか。 続きを読む
16.10.09.
ヨシュア6:1-21
聖書は、エリコの町について、次のように言っています。
6:1。エリコは、イスラエル人の前に、城門を堅く閉ざして、だれひとり出入りする者がなかった。
エリコの町は、高くて堅固な城壁に囲まれた難攻不落の町でした。
イスラエルの民は、この難攻不落のエリコの町をどのように攻め落としたのでしょうか。 続きを読む
16.10.02.
ヨハネ13:34-35
神様は、私たちに何を願っておられるでしょうか。
私たちは、神様が「しなさい」ということに、「はい」と答える者となりたいです。 続きを読む
16.09.25.
使徒20:35
この「受けるよりも与えるほうが幸いである」という教えは、
イエス様の全ての教え、イエス様の全ての行動の要約であるとも言えます。
イエス様は、「受けるよりも与えるほうが幸いである」と教え、そのように歩まれました。
また、「幸いである」という言葉は、「祝福されている」という意味の言葉です。
聖書は、「受けること」ではなく「与えること」が本当の祝福なのだと教えているのです。 続きを読む
16.09.11.
ハガイ1章
ペルシヤ帝国の王クロスは、ユダヤ人たちをユダに帰還させ、
エルサレムにある神殿を再建するようにと命令しました。エズラ1:2-3。
BC536年、第2の月に、神殿の再建工事が始まりました。
しかし、周辺民族からの様々な妨害があり、ついにユダヤ人たちは訴えられ(エズラ4:6)、
アルタシャスタ王から中止命令が下り、武力をもって中止させられてしまいました(4:23)。
BC520、ダリヨス王の第2年まで、約16年間、工事は中断されてしまいました(4:24)。
その間に、ユダの人々は、祖国再建という情熱を失い、無気力となり、
神殿に対して無関心となり、自分の家を第一にするという利己的な生活に陥っていました。
そのような時、預言者ハガイは、人々の信仰を励まし、神殿再建へと向かわせました。 続きを読む
2016.09.04.
Ⅰペテロ2:5
この手紙は、AD63年頃、使徒ペテロによって、ローマで書かれたものです。
宛先は、小アジア(現トルコ)北部の教会の異邦人クリスチャンたちでした。
彼らは、異教社会の中で、信仰のゆえに迫害を受けていました。
そんな彼らを励ますために、ペテロはこの手紙を書きました。
その中で、ペテロは、異邦人クリスチャンたちに語りました。
「あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。
そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい」
この言葉は、今日の私たちにも語り掛けられ、大切なことを教えています。 続きを読む
16.8.21.
Ⅱ歴代28~32章
ヒゼキヤは、南ユダ王国の第13代の王です。
ヒゼキヤについてはⅡ列王18~20章、Ⅱ歴代29~32章、 イザヤ36~39章にもあります。
Ⅱ列王18:5には、「彼はイスラエルの神、主に信頼していた。
彼のあとにも彼の先にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった」とあります。 続きを読む
16.8.7.
ヨハネ4:23-24
イエス様は、父なる神様が「霊とまことによって」礼拝する
「真の礼拝者」を求めておられると言われました。
そして、私たちにも「霊とまことによって礼拝しなければなりません」と語っておられます。 続きを読む
16.7.17.
使徒20:35
パウロは、第三回伝道旅行の帰り道、「ミレト」に立ち寄った際(使徒20:15)、
エペソの教会の長老たちを呼び寄せてメッセージを語りました。使徒20:18-35。
その中で、「受けるよりも与えるほうが幸いである」(35)と語りました。
この「幸いである」という言葉は、「祝福されている」という意味の言葉です。
聖書は、本当に祝福された生き方は、「与えること」であると教えています。 続きを読む
16.7.10.
Ⅱテモテ4:11
マルコは、12使徒の一員ではありませんでしたが、
「マルコの福音書」を書くという大きな役割を果たしました。
マルコは、どのような人物だったのでしょうか。 続きを読む