16.4.3.

エマオへの道の体験

ルカ24:13-35

イエス様が復活された日、クレオパ(18)ともう一人の弟子が、
エルサレムから11km離れたエマオへと向かって暗い気持ちで歩いていました。
しかし、その日の夜には、その同じ道を大きな喜びと希望をもって戻って行ったのです。
このエマオへの道中、彼らに何が起こったのでしょう。 続きを読む

16.3.27.

イエス様の復活による希望

ヨハネ11:25,26、ヨハネ20章

イエス様は、私たちの罪を身代わりに負い、十字架にかかり、死んで下さいました。
しかし、三日目に、イエス様は死からよみがえられました。
イエス様の復活は、私たちにどのような希望を与えるのでしょうか。 続きを読む

16.3.13.

新しい皮袋の心を持つ

イザヤ43:18,19、ルカ5:37,38

神様は、私たちの人生に新しい事をして下さいます。 続きを読む

16.3.6.

キリストに似た者へと成長する

コロサイ3:9,10

クリスチャンは、イエス・キリストを信じて、新しく生まれ変わった人です。Ⅱコリント5:17。
すなわち、創造者なる神様のかたちに似た者にされたのです。コロサイ3:9,10。
「造り主のかたちに似せられてますます新しくされ」とは、どういうことでしょうか。 続きを読む

16.2.21.

御国が来ますように

マタイ 6:10

イエス様は「主の祈り」の中で「御国が来ますように」と祈るように教えられました。「御国が来ますように」という祈りは、単なる祈りの課題ではなく、 実際にこの世界に「御国」が実現することを目指すべき課題です。 続きを読む

16.2.14.

赦され赦す祈り

マタイ 6:12

「主の祈り」の後半部分は、私たちの必要を求める祈りとなっています。
「日毎の糧が与えられ、罪が赦され、悪から救われるように」という祈りです。 特に 2 番目の「罪の赦しの祈り」は、神様との関係の中で祈られる特別な祈りです。 すなわち、「神様に対する私たちの罪の赦し」が
「私たちに対して罪のある者たちを赦すこと」と密接な関係があるのです。 続きを読む

16.2.7.

御名があがめられるように(続)

マタイ6:9

「御名があがめられますように」とは、「神様が聖なるものとされますように」、
「神様が神様として、他の何ものからも完全に区別されますように」という意味です。
それは、「神様に神様としての相応しい栄光をささげること」ということでもあります。
ですから「御名があがめられますように」とは、常に栄光を神に帰すことであると言えます。 続きを読む

16.1.24.

御名があがめられるように

マタイ6:9

「主の祈り」の中で一番最初の祈りは「御名があがめられますように」です。
私たちが第一に求めるべきことは、自分たちの必要が満たされたり、
自分たちの問題が解決されることではなく、「御名があがめられること」なのです。 続きを読む

16.1.17.

主の御心を求め御声に従う

マタイ6:10

「主の祈り」は、私たちの祈りの基本であり、模範です。
また、私たちクリスチャンの生き方を示すものでもあります。
すなわち、私たちが第一に求めるべきことは、「御名があがめられること」、
「御国が来ること」、「御心が行われること」であり、
自分の必要が満たされたり、問題が解決されることではありません。 続きを読む

16.1.10.

御国の到来を求める

マタイ6:10

先週は、「主の祈り」の前半第三番目の祈りについてメッセージを分かち合いました。
今日は、「主の祈り」の前半第二番目の「御国の到来を求める」ことについてです。 続きを読む