16.3.13.
新しい皮袋の心を持つ
イザヤ43:18,19、ルカ5:37,38
神様は、私たちの人生に新しい事をして下さいます。 続きを読む
16.3.6.
コロサイ3:9,10
クリスチャンは、イエス・キリストを信じて、新しく生まれ変わった人です。Ⅱコリント5:17。
すなわち、創造者なる神様のかたちに似た者にされたのです。コロサイ3:9,10。
「造り主のかたちに似せられてますます新しくされ」とは、どういうことでしょうか。 続きを読む
16.2.21.
マタイ 6:10
イエス様は「主の祈り」の中で「御国が来ますように」と祈るように教えられました。「御国が来ますように」という祈りは、単なる祈りの課題ではなく、 実際にこの世界に「御国」が実現することを目指すべき課題です。 続きを読む
16.2.14.
マタイ 6:12
「主の祈り」の後半部分は、私たちの必要を求める祈りとなっています。
「日毎の糧が与えられ、罪が赦され、悪から救われるように」という祈りです。 特に 2 番目の「罪の赦しの祈り」は、神様との関係の中で祈られる特別な祈りです。 すなわち、「神様に対する私たちの罪の赦し」が
「私たちに対して罪のある者たちを赦すこと」と密接な関係があるのです。 続きを読む
16.2.7.
マタイ6:9
「御名があがめられますように」とは、「神様が聖なるものとされますように」、
「神様が神様として、他の何ものからも完全に区別されますように」という意味です。
それは、「神様に神様としての相応しい栄光をささげること」ということでもあります。
ですから「御名があがめられますように」とは、常に栄光を神に帰すことであると言えます。 続きを読む
16.1.24.
マタイ6:9
「主の祈り」の中で一番最初の祈りは「御名があがめられますように」です。
私たちが第一に求めるべきことは、自分たちの必要が満たされたり、
自分たちの問題が解決されることではなく、「御名があがめられること」なのです。 続きを読む
16.1.17.
マタイ6:10
「主の祈り」は、私たちの祈りの基本であり、模範です。
また、私たちクリスチャンの生き方を示すものでもあります。
すなわち、私たちが第一に求めるべきことは、「御名があがめられること」、
「御国が来ること」、「御心が行われること」であり、
自分の必要が満たされたり、問題が解決されることではありません。 続きを読む
16.1.10.
マタイ6:10
先週は、「主の祈り」の前半第三番目の祈りについてメッセージを分かち合いました。
今日は、「主の祈り」の前半第二番目の「御国の到来を求める」ことについてです。 続きを読む
16.1.3.
マタイ6:10
「主の祈り」の前半(9,10)は、「御名があがめられること」、「御国が来ること」、
「御心が行われること」をまず第一に求めるようにということが教えられています。
そして、「主の祈り」の後半部分(11-13)で、「糧が与えられること」、「罪が赦されること」、
「悪から救い出されること」など、自分の必要を求めることが教えられています。
「主の祈り」は、私たちクリスチャンの信仰の在り方を示しています。
すなわち、私たちがまず第一に求めるべきものは、自分の必要が満たされたり、
自分の問題が解決されることではなく、「御名があがめられること」、
「御国が拡げられること」、「御心が成し遂げられること」なのです。
今日は、特に「主の祈り」の第三番目の御心が行われることを求める祈りについてです。 続きを読む