19.5.19.

「バベルの塔」の話は、私たちに何を教えているのでしょうか。

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2019.05.12

イエスを信じる前の私たちは、罪の中に死んでいましたが(エペソ2:1)、イエス・キリストの十字架の血によって贖われました。そして、キリストの内にあることによって、新しい人に造り変えられました。私たちの古い人は死んで、今は自分のためではなく、キリストのために生きる者とされました。

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19.5.5.

イエスが復活された後、ガリラヤ湖で漁をしていたペテロや弟子たちに会われました。彼らは、一晩中漁をしましたが、何も獲れませんでした。夜が明けようとしていた時、イエスが岸辺に立っておられました。イエスは、弟子たちに言われました。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」(6) 弟子たちは、イエスの言葉通りに、「舟の右側」に網を下ろしてみました。「すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった」(6)のです。その網は「百五十三匹の大きな魚でいっぱい」(11)でした。この出来事を通して、何を教えられるでしょうか。

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2019.05.05

1.イエス様の行くところには大きなことが起こる

パウロはエペソにも福音を宣べ伝えました。そのエペソには大きなアルテミス神殿のダイアナ神という偶像神があり、周辺国からたくさんの人々がエペソに来て、そのダイアナ神を礼拝していました。ところがパウロの伝道によって、エペソの人々は、これまで歩んできたエペソの歴史とは異なる神様とその御計画に触れ、衝突が起こり、大きな騒動となってしまいました。

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19.4.21.

イエスは、私たちの罪を身代わりに負って、十字架にかかって死なれ、墓に葬られました。その墓の入口は大きな石で塞がれ、封印がされ、墓の外には数人の番兵が見張っていました。しかし3日目に、イエスはよみがえり、墓から出て来られたのです。

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19.4.14.

詩篇23篇の1節は、詩篇23篇の表題となっていますが、6節は結論となっています。

ここでダビデは、大きく二つのことを語っています。

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19.4.7.

詩篇23篇で、ダビデは、神と私たちの関係を「羊飼い」と「羊」の関係に例えて、「主は私の羊飼い」ですと告白しています。しかし、5節からは「家の主人」と「客」となった「旅人」の話に変わっています。しかし、「羊飼い」なる「主」と「羊」である私たちとの親密な関係は引き継がれています。ダビデは、「羊飼い」なる「主」が私たちのためにしてくれることを、「家の主人」が「旅人」をもてなすことに例えて表現しています。

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2019.03.31

以前、ヒゼキヤ王について学びました。彼は素晴らしい王様で、神様の前に正しいことを行いました。しかし、そのあと彼は重い病気になってしまいました。神様は彼の病気が治らないとおっしゃったのですが、彼の祈りを聞かれ、彼をいやされたのです。彼の祈りの何が神様を動かしたのでしょうか。

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2019.3.24

私たちは、少しなら待てます。しかし、待つ時間が長くなると心は病み、主を信じられなくなります。ただ主を信じることが難しくなった時、どうしたらよいのでしょうか。

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19.3.17.

ダビデは「主は私の羊飼い」であるゆえに、「私は、乏しいことがありません」と言っています。私たちが満ち足りていることが出来る第3の理由は、「死の陰の谷を歩くことがあっても」、主が「私たちとともにおられ」、「わざわいを恐れ」ることがないからです。

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